~霧山のお仕置き~


残った3人のいるバンガローの中は、

嫌な沈黙の時間が流れていた。

洲矢はうるうると涙目で霧山を見つめ、

仁絵は敵意むき出しの表情でにらみつけている。
そしてそんな2人の熱い視線を受けながら、
霧山は優雅に足を組み、

膝に置いた長い指を組み合わせ、たまに組み替えたりして微笑んでいるだけで、

何もしゃべらない。


沈黙に耐えられなくなって最初に口を開いたのは洲矢だった。


「霧山先生ぇ・・・ごめんなさい・・・」


涙目の洲矢の言葉を、霧山はサラリと受け流す。


「クスッ 別に私に謝ってくれなくてもいいですよ。

貴方たちが花火をしたことで、私が不利益を被ったわけではありませんから。
強いて言えば、真夜中、ずっと貴方たちの花火を蔭で見守らなければならなかった、

というのはありますが。」


イヤミな言い方に反応して、仁絵が口を開く。


「・・・知ってたのかよ、最初から。」


「ええ。まさかずっと私たちを出し抜けていたなんて愚かな勘違いを?
まぁ、それを主犯の彼らに面と向かって言ったら

必要以上に傷つけてしまいそうですから、あえては言いませんでしたが。」


「「・・・」」


サラッと言われてしまい、返す言葉の無くなった2人。
また沈黙が流れる。

しばしの間があって、ようやく霧山が自分から口を開いた。


「・・・さて。今回貴方たちが反省すべき点は何でしょうか。」


その問いに、洲矢が答える。


「花火持ってきて・・・夜やったこと・・・」


「えぇ。細かく言えば禁止物の持ち込み、

消灯時間以後の外出、

子どもだけの火遊び、です。」


「はい・・・。ごめんなさい・・・」


「先ほどの様子から、

佐土原君からは十分に反省している様子が見受けられましたが・・・
柳宮寺君は、残念ながら。」


と、わざとらしい口調で仁絵に目を向ける。
仁絵はそれも気にくわなくて、霧山に噛みついた。


「誰がてめーなんかにっ・・・謝るとでも思ってんのかよ」


「別に私に対して謝れと言っているわけではないと

先ほども言ったはずですよ。
言ったじゃないですか、

今回の件に関して私は何ら不利益を被っていないと。
私が求めているのは、

自分たちの行動を省みて、反省すべき点とその理由を理解することです。」


「殊勝な態度でもしろって? 

フンッ、馬鹿馬鹿しい・・・俺は」


「柳宮寺君。貴方は賢い子だと思います。

火遊びの何が悪いかくらい、分かっているはずです。
まぁ、佐土原君もおそらく分かっていると思いますが・・・ 

それを私に説明してくれませんか。」


かみ合わない会話に、

仁絵がいらついて更に声を荒立て、ついに行動に出る。


「ハァ? てめー聞いてなかったのかよ、

俺はてめーなんかの言いなりにっ・・・」

「ひーくんっ」


仁絵が霧山に掴みかかろうとした時。
霧山は仁絵の動きを見切ってサッと避けると、メガネを外しながら一言。


「説明なさい。それが数分後の貴方自身の身のためですよ?」


「何わけわかんねーこと言って・・・」


それでも諦めずに今度は仁絵が殴りかかろうとした時だった。
霧山がスッと目を細めて言い放った。


「説明。・・・最後の忠告だよ。」

「っ・・・」


仁絵が一瞬怯んだ。

これが雲居だったら

「うるせぇ、何偉そうにぬかしてんだよ!!」と反発できた・・・というかする。
しかし、霧山にはそうさせない、何か・・・威圧感のようなものを仁絵は感じた。
それは風丘から感じるものとも違う。
それは一瞬だったけれど・・・
怯んだことで勢いを無くしてしまった仁絵は、数歩後ずさる。


「・・・んだよ・・・うぜぇ・・・」


そんな仁絵の様子を見て、

霧山はメガネをかけ直してニッコリ笑って尋ねた。


「火遊びの何が悪いんでしょう?」


「っ・・・あぶねぇからだろっ・・・ 

何かあったら火事とかなって怪我とか・・・ってことだろっ」


いらついたように仁絵が答えるが、

霧山はペースを崩さない。


「えぇ、その通りです。下手したら命の危険もある。

火遊びがいけないのはそれが理由です。
やっぱり、ちゃんと理解してるじゃないですか。

それでは、当初の予定通りでいきましょうか。」


霧山はそう言って微笑むと立ち上がる。


「さすがに2人まとめて膝の上は無理ですし・・・

人とも、ここへ来て、履いている物を全て下ろして手をついてください。」


そう言って、部屋の真ん中にある机を指さす。


「ひーくん・・・行こ・・・」


立ちつくす仁絵の腕を洲矢が引こうとするが、

仁絵はそれを振り切って嫌そうに霧山をにらみつけた。


「誰がっ・・・こんなキザ野郎におとなしく叩かれるかよっ」


「ひーくんっ」


いきり立つ仁絵を見て、霧山はため息混じりに言った。


「・・・先に説明した方が良さそうですね。
これから私は君たちのお尻を30回、平手で叩きます。
でもそれは私が勝手に決めてやることではなく、

私が葉月から仰せつかった役割です。
いいですか、私はあくまで『葉月の代理』です。

自己判断でお仕置きを増やしたり、

道具を持ち出したり、

何かを言わせたりはしません。
葉月が1人では手が回らないからと委託された

『反省点を確認し、お尻を出して平手で30回叩く』、

それ以上のことは絶対にしません。
もっと言えば、反省点を確認できた今、

私から君たちにお説教することもありません。」


「・・・だから素直に受けろって? 

ハッ、そんな口車にのるわけ・・・」


「のっておいた方が賢明だと思いますよ?」


どこまでも調子を崩さない霧山に、

仁絵は勝手が狂い、勢いがなくなる。


「・・・んでだよ」


「私は『代理』ですから。

お仕置き終了を決めるのは葉月です。
葉月は向こうのお仕置きが終わったら、こちらへ来ることになっています。
葉月は貴方に言いましたよね? 

ちゃんと私にお仕置きされなさい、と。
相当時間が経って戻ってきても貴方が素直にお仕置きを受けてない、
むしろ反抗ばかりしている・・・となったら、

どうなるでしょうね?」


「っ・・・」


言われなくても想像がつく。

さすがにうろたえる仁絵に、

森都は畳みかけるように言った。


「私からのお仕置きを受ければ、その危険性は無くなるわけです。

しかも30回ひたすら耐えるだけ。

そちらの方が建設的でしょう?」


「それは・・・」


「・・・まぁ、それでも葉月を選ぶならそれでも構いませんが。
『葉月の代理』である私のお仕置きを一度拒否したということは、

一度葉月のお仕置きを拒否したってことですからね。

つまり逃げたと同じこと。
お仕置きから逃げたときのお仕置きってどんなでしょうね?(ニッコリ)」


とどめを刺す一言に、仁絵は苦虫を噛みつぶしたような顔になる。


「てめぇ・・・性格悪・・・」


「さぁ、佐土原君。貴方だけでもすませましょうか。」


「えっ・・・あっ・・・えと・・・」


突然声をかけられた洲矢は、

あたふたして仁絵と霧山を交互に見ている。


「ひ、ひーくん・・・」


物言いたげに見つめてくる洲矢に、

微笑み・・・というか不敵な笑みに見えてきた、そんな表情で見つめてくる霧山。
2人の視線を感じて・・・


「あーーーーっ ったよ、叩かれりゃいいんだろ!」


ついに仁絵が折れた。

逆に洲矢の腕を引いて、さっさと机の前に行く。
そして洲矢はいそいそと体勢をとり、

仁絵も半ば逆ギレしているようではあったが、体勢をとった。
その様子を見て、霧山は変わらず穏やかな口調で言った。


「はい、よくできました。

それでは30ですね。

特にカウントは言いませんので、回数はまぁ、心の中ででも数えていてください。」


そう言うと、霧山は洲矢の腰に軽く手を添えて、1発目を振り下ろした。


バシィィンッ

「いたぁぃっ」


洲矢は悲鳴をあげるが、おとなしく手はついたまま。

次に霧山は隣の仁絵に移り、同じように手を振り下ろした。


バシィィンッ

「・・・」


(おや・・・)


無反応。一言も発せず、微動だにしない。


バシィィンッ

「あぁっ」


バシィィンッ

「っ・・・」


2発目。

洲矢は普通の反応だが、

仁絵は少し息を漏らすだけ。


(これは・・・)




その後も、回を重ねても

仁絵は時折息を詰めたり歯をかみしめたりはするものの、

ほぼノーリアクションを貫いていた。


霧山は、あの同じ箇所ばかり叩く叩き方はしていないものの、

決して優しく叩いているわけではない。
その証拠に洲矢は毎回声をあげて痛そうにリアクションするし、

何より2人のお尻はうっすら赤くなっている。


(これは・・・確かに・・・)


霧山は心の中で苦笑しながら、お仕置きを進めた。




・・・そして、残り1発になった時・・・


「はい、では最後ですね。」


霧山は穏やかにそう言うと、洲矢の腰に手を添えた。


バシィィィンッ

「いたぁぁぃっ・・・ふぇっ・・・」


終わったことに安堵したのか少し涙ぐむ洲矢を見て、

軽く微笑んで霧山は隣の仁絵に移る。


バシィィィンッ

「くっ・・・ ・・・」


最後の最後まで仁絵は無言だった。


それでも2人とも30発叩き終わると、

霧山はポケットから携帯を取り出して、電話をかけた。


「もしもし。

えぇ、とりあえず言われたところまでは終わりましたので

一度こちらに来ていただけませんか。」


電話の相手はもちろん・・・




「ごめんごめん、向こうのフォローに手間取っちゃって・・・

今もタオル取り替えてくるって出てきたんだけど。」


風丘だった。

霧山が電話して1分経つかどうかくらいで、風丘がやってきた。


「言われたとおり、

反省点の確認と、30回、叩いておきましたよ。」


「ありがとー。」


ニコリと笑ってそう答えると、風丘は2人に目を向けた。


電話をかけてから風丘がくる前に、

「とりあえず服は着ていいですよ」と霧山に言われ、

洲矢と仁絵は服を整えて部屋の隅に立っていた。


「じゃあ・・・佐土原。おいで。」


「っ・・はいっ・・・」


先に洲矢が呼ばれ、洲矢はすぐに風丘のもとに行った。


「反省できた?」


「はい・・・ごめんなさい・・・」


穏やかに語りかける風丘に、

洲矢は素直にそう言った。
それを聞いて、風丘はニッコリ笑った。


「よし、オッケー(ニッコリ) 良い子だねー」


風丘はそう言ってクシャクシャと洲矢の頭を撫でると、


「先に俺のバンガロー行っててくれる? 

まだ3人ともダウンしてるから。」


「はい(ニコッ)・・・あ、でも・・・」

「ん?」


洲矢は一瞬心配そうに仁絵の方をチラッと見た。

が、風丘に尋ねられると


「ううん。何でもないです。先、行ってます。」


そう言って、出て行った。


洲矢が出て行くのを見届けると、

霧山が苦笑混じりに口を開いた。


「おやおや。佐土原君にまで気を遣わせているじゃありませんか。」

「んだとっ!?」


霧山の言葉に噛みつく仁絵。

そんなに2人を、風丘が制す。


「こーら、やめなさい。

森都もあんまり神経逆なでしないの。
それで? こっちの悪い子は反省できたのかな?」


「誰がっ・・・」


「ちゃんと反省すべき点は理解していましたよ。

30発も殊勝に叩かれてました。
殊勝すぎてこちらが心配になるくらいでしたが・・・。(苦笑)
聞いていたとおりでしたよ。」


「やっぱり?(苦笑)」


「は・・・?」


わかり合っているような2人の会話に、

仁絵が若干置いてきぼりをくらう。


「ちゃんと何がいけないかは分かるんだから、

あとちょっと素直になれればいいのにねぇ。」


なおも風丘は少し困ったように笑って、

今度は仁絵の方に向き直り、顔をのぞき込んできた。


「それで? 俺には言えるんじゃなかったっけ? 柳宮寺。」

「っ・・・」


そうではあっても、すぐには素直になれない。
仁絵はフイと顔をそらした。


「おや・・・クスッ」


その仕草が先ほどと打って変わってとても子どもっぽくうつり、

霧山は思わず吹き出した。


「てめっ 何笑ってっ・・・うわっ」
「こーら。今は俺とお話中でしょ。」


文句を言おうとしたら、

仁絵は風丘にヒョイと小脇に抱えられた。


「洲矢君みたいにすぐに素直に言えれば

よけいに痛い思いしなくてすむのにね。」


そう言いつつ、

風丘はズルッと仁絵の履いている物を下ろしてしまった。
全体的に赤みを帯びた、まだまだ痛そうなお尻がまた外気にさらされる。


風丘っ・・・やめろっ・・・やだっ・・・」


「素直になれない柳宮寺が悪い。」


バチィィンッ

「いっぁっ・・・」


「ほら、意地張ってもいいことないよ?」


バチィィィンッ

「いったぁっ・・・っく・・・ごめっ・・・」

「ん?」


「ごめん・・・」


「ごめん?」

「っ・・・なさい・・・」


「おぉ! よし、オッケー! 

よくできましたっ
なんだー、長期戦になるかと思って覚悟してたのに(笑)」


「なぁっ!? てめっ そんなふざけたこと考えながらっ・・・」


風丘は、仁絵の謝罪を聞いた瞬間、

仁絵を立たせて洲矢と同じように頭を撫でた。

仁絵は恥ずかしかったのか、

若干顔を赤らめながら憎まれ口を叩いてその手を払いのける。

そんな中に、霧山が割って入った。


「はいはい。じゃれ合ってないでください。

おしまいですか? 葉月。」


「うん、ちゃんと『ごめんなさい』言えたしねっ」


「そうですか。

それでは、柳宮寺君・・・いえ、仁絵君を

少しここに置いていってもらえませんか?」


「え?」「は?」


「仁絵君、私とお話ししてみたいそうなので(ニッコリ)」

「えっ!?」
「はぁぁぁっ!?」


まさかの言葉に、

風丘も仁絵も(両者違う意味で)驚きの声をあげた。


「えっ、ほんとに!? 

よかったぁ、ついに仁絵君も他の先生に興味を持てるようになったんだねっ」


風丘は嬉しそうにニコニコ笑っているが、

当の仁絵はそんなことを言った覚えは全く無くて、
冗談じゃないとばかりに霧山にくってかかる。


「はぁ!? おい、ちょっと待て、俺はそんなこと一言もっ」


が、霧山はどこ吹く風で、怖いぐらいの微笑みをたたえて言った。


「話し終わったらちゃんとバンガローに送り届けますよ(ニッッッコリ)」

「っ・・・」


これを見て、何も言えなくなってしまう仁絵。


「分かった。じゃあ、お任せするねっ 2人ともごゆっくり!」


こうして、風丘は出て行ってしまった。




2人きりのバンガローに、またしても微妙な空気が流れる。


「さぁ、それではどうぞおかけください。」


霧山は調子を崩さず、にこやかに空いているイスを勧める。
が、仁絵は素直に聞かずに突っぱねる。(本当は聞くことが出来ないのだが)


「・・・俺、あんたと話したいなんて一言も言ってないし。」


「えぇ。私も言われた覚えはありません。」


「だったら! 「ですが」


「私が話してみたかったんです。

葉月にはああ言った方が、素直に引いてくれると思ったので。
嘘も方便と言うでしょう?」


「俺と話したい・・・?」


思わぬ言葉に、仁絵が訝しむ。


「えぇ。この高原教室に出発する際に、一目見てから、とても興味深くて。
高原教室中も、たまに観察させていただいてました。」


「な、何だよそれ・・・気持ち悪ぃ・・・」


「クスッ 折を見て話す機会を作ろうと思っていたところ、

絶好のチャンスだと思ったので。」


「・・・っ だから! なんであんたが俺なんかと・・・」


「さっきのお仕置き中も含めて、感じました。

やはり興味深いです。そっくりなんですよ、貴方。」


「そっくり・・・?」


「えぇ、そっくりです。学生時代の葉月に。」


「・・・はぁっ?」