「まぁ、とにかく。
・・・履いてるもの、自分で下ろしてここにおいで。」

「は・・・うぇっ!?」

流れで頷いてしまいそうになって、
すんでの所で気付く。
今、とんでもないことを言われてるんじゃないだろうか。


「いや・・・あの・・・幸村・・・部長? 
今、その・・・なんて・・・」


「聞こえなかったの? 
履いてるもの下ろして、膝に乗れって言ってるんだけど。」


「そっ・・・そんな無茶なっ・・・!」

その内容に慌てて赤也が首を振る。
が、幸村も譲らない。


「何? じゃあ赤也は、
俺にわざわざ下ろせって言ってるの?」


「いや、別に下ろさなくても・・・」


「真田に100叩きされても懲りなかったんだから、
制服の上から叩いたって何の効き目も無いだろ。」


「いや、そうでもないと・・・」


何とかこの最悪の事態を回避しようと、
赤也は明後日の方向を見ながら、必死に言葉を発する。
そんな赤也にしびれを切らしたのか・・・


「赤也。」


不意に、幸村が静かな声で名前を呼んだ。
静かな声だが、それまでのものとは違う。
赤也がおそるおそる幸村を見ると、
幸村の顔から、いつの間にか笑顔は消えていて。


「いい加減にしろ。本気で怒るよ?」

「ひっ・・・」


その言葉の冷たさといったら。
赤也は焦って幸村のそばに駆け寄った。


「ほら、さっさとする。」


「っ・・・」


「返事がない。」


「はい!」


とはいうものの・・・だ。
赤也は、恥ずかしさと恐怖からなかなか行動に移せない。
幸村のそばに駆け寄っても、
幸村は赤也の手を引こうとも、ズボンを下ろそうともしない。
あくまで赤也自身がやることを求めている。
真田だったら有無を言わさず膝に乗せてしまうだろう。
いっそそれの方がどれほど楽か。
幸村は、精神的に一番辛い方法を知っている。


「赤也。何度言わせれば・・・」
「い、今やります!」

だが、これ以上愚図れば本格的に幸村を怒らせてしまう、
それぐらいは分かる。
赤也は、ガバッと下着ごとズボンを下ろすと、勢いで膝に乗った。
もう自棄になったように。
それを見て、幸村が苦笑する。

「クスッ・・・何だい、それ・・・」
「だっ・・・だっ・・・」

バチィィィィンッ
「てぇっ!? ちょっ・・・ちょっ・・・ぶちょっ・・・」

バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ

不意打ちのように突然厳しい平手が落ちてきて、
赤也は悲鳴を堪えきれなかった。
ちょっと柔らかい空気で苦笑とかしながら、
しっかり厳しい平手なんだからひどい。

「ってぇ・・・ひどいッスよ・・・ぶちょ」

ベシィィィンッ
「っあぁぁぁ!?」

「ひどい? よく言うよ、
ひどいのは赤也と、赤也のテストの点数だろ?
改めて言うけど、何だい、18点って。」

「いやだって・・・」

バチィィンッ バチィィンッ バチィィィンッ

「うぁぁっ ちょっ・・・いってぇぇっ」

「さっきから『でも』と『だって』は言うのに肝心の言い訳は無しかい?
聞いてあげるって言ってるんだから言えばいいじゃないか。」

「いや、でもそれは・・・」

ベチィィンッ

「ぎゃぁっ」

「それとも何だい? 
言い訳自体が言えないような内容なの?」

「ぇ」

「・・・・・・へぇ、そう。
ならなおさら、言って貰わないといけないな。」

図星をさされると、分かりやすく反応してしまう赤也。
赤也の変化から、それが肯定だと分かった瞬間、
幸村はスッと近くの机に手を伸ばし、何かを手に取った。
赤也からは見えない。
だが、振り下ろされたそれが与える痛みは強烈だった。

ビッシィィィンッ

「うぁぁぁぁっ!? な、何をっ・・・」

慌ててグイッと体をひねると、
目に飛び込んできたのは竹の物差しだった。

「なっ・・・なっ・・・」

「何? あぁ、これ? ほら、俺、真田と違って『力が無い』から、
このままずっと赤也のお尻叩いてたって威力無くなっちゃうだろ?」

(嘘つけー!!!!)

テニス界で『神の子』なんて言われてる幸村が、
『力が無い』なんてそんな馬鹿な話あるわけがない。
平手だって十分痛いのに、なのにっ・・・と、
赤也は心の中で悪態をつき、もう泣き出したい気持ちになる。

「ほら、さっさと言いなよ。」

ビシィィンッ ビシィィンッ ビシィィンッ

「あぁぁぁっ!? ってぇぇぇっ」

そんな赤也の気持ちは知って知らずか、
幸村は衝撃の物差し1発目とさして違わぬ威力を次々と落としてくる。
しかも、

「言わないんなら、ずーっとこのままだね。
というか、本題のテストの赤点の方のお仕置きに全然入れないし。
クスッ 赤也のお尻、いつまでもつのかな。
大変なことになるね。」

なんて(黒い)微笑み全開で言ってくるものだから、
赤也はあえなく陥落した。

ビシィィンッ ビシィンッ ビシィィィンッ ビッシィィンッ

「ぎゃぁっ・・・ぶちょっ・・・タンマっ・・・言うッス、言うから タンマァァァッ」




そして、何とか物差しを止めてもらって、
赤也は洗いざらい告白した。
テスト期間に入ってもほとんど勉強していなかったこと、
一夜漬けで乗り切ろうとしたこと、
それで結局テスト中に寝てしまったこと・・・




「・・・って・・・わけ・・・なんス・・・けど・・・」

言い終わって、赤也がおそるおそる振り返ると・・・

「ふーん、そう・・・赤也・・・最初に言ったよね?」

「・・・え?」

「言い訳して、それで俺が納得できなかったら・・・
それ相応の代償は覚悟しとけって。(ニッコリ)」

(だ、だって部長が言えって!!!)

なんてことは言えるはずもなく。

「その言い訳も含めてきっちり『物差しで』お仕置き。
やっぱり大変だね? 赤也のお尻。」

ビッシィィィンッ

「ってぇぇぇぇっ!!」

こうして、止まっていた物差しが再び振り下ろされた。









「っく・・・グスッ・・・ってぇぇ・・・」

あれからしばらく叩かれて、
赤也のお尻は真っ赤を通り越すくらいの勢いで腫れていた。
幸村は一息つくと、物差しをカタンと元あった机に戻す。

「ほら、じゃあ、これからどうするんだい?」

バシィンッ

「ふぁっ」

平手に戻り、力もだいぶ抑えられているが、
それにしたって痛い。
赤也は涙混じりの悲鳴をあげるが、
そこで折れてくれるほど立海の部長は甘くない。

「言えないなら、また物差しからやり直すかい?」

バシィィンッ

「ふぅえ゛っ!? 無理っ 無理無理無理ッス・・・
もう赤点とりませんからぁっ」

「そのために勉強はどうする?」

バシィィィンッ

「ってぇぇぇ・・・ちゃんと前から・・・ひくっ・・・します・・・」

「・・・」

「あ・・・あの・・・」

「・・・まぁ、これくらいでいいか。終わり。」

唐突に終わりは訪れ、赤也は解放された。
膝から下ろされたが、痛すぎてまともに立ち上がれない。
制服をあげるのも忘れ、そのまましゃがみ込んだ。
涙も、止めようとするのに止まらない。
許されてホッとしたからか、何なのか。自分でもよく分からない。
いつまでも泣いているなんてかっこ悪い
と思うのに、
ずっと涙が流れてくる。

「ヒクッ・・・ッエ・・・」

「クスッ そんなに泣いて・・・」

フワッと笑って赤也の頭を撫でる幸村の微笑みは、
先ほどの黒い笑みとは違う。それにも安心する。

「だってっ・・・痛すぎッスよ・・・物差しっ・・・
部長怖いしっ・・・ヒクッ・・・」

「フフッ、あの程度で『怖い』なんて・・・
赤也はまだまだ子どもだね(笑)」

サラッと言われたその一言に、赤也はフリーズする。

「え(『あの程度』!? 『あの程度』って・・・)」

「あ、泣きやんだ。良かった良かった。」

赤也の目の縁に残る涙をぬぐって、クスクス笑う幸村。
赤也はというと、そうして笑う幸村に同調して笑いながら、
頭の中で必死に言い聞かせる。

「あ、はっ・・・アハハハ・・・(じょ、冗談ッスよね、冗談冗談!)」

「それにしても・・・」

幸村が、少し真面目な顔に戻って言う。

「少しは身に染みて思っただろう? 
真田の言うこと聞いておけば良かった、って。」

「え・・・それは・・・もう・・・」

赤也はそう言いつつ、まだしまっていないお尻に手を当てる。
かなりの熱を持っていて、
自分がちょっと触れるだけで痛みが走る。
これに比べれば、
前回の真田のお仕置きは、まだ甘いものだった。

「それなら良かった。
この俺がわざわざお仕置きしたんだから、少しは懲りてくれなくちゃね。
本当に、あんまり真田を困らせるなよ、赤也。
真田はああ見えて苦労性なんだから。」

幸村が笑いながらそう言うと、
なんとその話題の張本人が部室に入ってきた。

「一言余計だ、幸村。」

「副部長!」
「あ、おかえり。真田。」

2人を見て、真田はため息をつく。
それから、しゃがみ込んでいる赤也の腕を引っ張り、
赤也を立たせた。

「全く・・・赤也。
早くその情けない格好を何とかしろ。」

「あ・・・ッス・・・」

赤也は恥ずかしそうに、
痛みに顔をしかめつつズボンをあげる。
そんな赤也を尻目に、
真田は今度は幸村に向き直った。

「それから幸村。
何が『顧問の先生が呼んでる』んだ。
職員室に行ったら逆に『何か用か』と聞き返されたぞ。」

「え?」

「クスッ・・・それにしては、戻ってくるのに時間掛かったね。」

「馬鹿を言うな。あの状況で平然と中に入れるか。
肌を叩く音と、赤也の悲鳴が断続的に聞こえてくれば、
何が行われているかくらい想像つくだろう。」

「何? じゃあドアの前でずっと待ってたの?」

「あぁ。察しはついたが、ほっといて帰るわけにもいかんだろう。
・・・それにしても・・この程度のことで幸村を煩わせるわけにはと思って、
お前には何も言わなかったんだが・・・」

「分かるよ。テスト返却日の昼休みに、
職員室に呼び出されて、帰ってきたらため息ばっかりついて・・・」

「そりゃあため息つきたくもなるだろう。」

「だから君に代わって俺がお仕置きしてあげたんだろう?」

「そういうことは事前に言ってくれ。驚くだろうが。」

「事前に言ったら君は絶対
『お前がそんなことする必要ない』とか言って止めるじゃないか。」

「む・・・」

「あ、あの・・・」

目の前で繰り広げられる2人の会話に
全くついていけない赤也は、おそるおそる口を挟む。

「何の話を・・・」

「あぁ、俺、『真田が匙を投げた』って言ったけど、
それが嘘だったって話。」

「へ?」

「俺は別に幸村にお前の仕置きは頼んでいない。
幸村が自分判断でお前の仕置きをしたということだ。」

「えぇっ!?」

「だから、あのお仕置きは『真田の代わり』じゃないんだ。
ごめんね、赤也。
真田からのお仕置きはまだ終わってないよ。」

「えっ・・・えぇぇぇぇぇっ!?(泣)」

まさかの幸村の告白に、赤也が再び涙目になる。

「あれだけ赤くなった尻はさすがに叩けんぞ。」

「フフッ じゃあ、それこそ鉄拳制裁にすれば? 
俺、ほっぺたはぶってないから、まだあいてるよ。」

「フム・・・一理あるな・・・」

「えっ!? ちょっ・・・副部長!?」

再び自分に近づいてくる真田。
赤也が焦ってとっさに目をつむる・・・が。
衝撃は落ちてこない。

「・・・え?」

「冗談だ。するわけないだろう。」
「クスクスッ」

「じょ・・・冗談キツイッスよ~~~」

赤也は、ようやく立ったばかりなのに、またへたり込む。

「でもまぁ・・・次から冗談じゃないけどね?」

「え?」

「次赤点なんてとったら・・・
真田の鉄拳制裁の後に俺から物差し100叩き、
それからおまけに部活でも基礎練10倍にしてあげるから(ニッコリ)」

「だ、そうだ。」

「ぜーーーーったいもうとりませんっっ!!!」

「クスクスッ」
「是非そうしてくれ。」

赤也の大絶叫の誓いが、部室に響き渡ったのだった。