ゴールデンウィークも明けた5月中旬。


「新堂と太刀川?」


「ゲッ・・・」
「ヤバ・・・」


放課後、帰ろうとした2人を風丘が呼び止める。
しかも「名字」で。
心当たりのありすぎる2人は、2人して顔を引きつらせる。

風丘は呆れた顔で言う。


「まーた昼休みの数学の小テスト追試サボったね?
先週も先々週も注意したのに。」


「だっ・・・だって、屋上でお昼寝してたら時間過ぎてたんだもん!」

「しょーがねーだろ!!」


開き直ったような態度の2人に、風丘はため息をつく。


「あのねぇ・・・そもそも小テストがある昼休みにお昼寝なんてしないの!
だいたいその『お昼寝』でしょっちゅう寝過ごして

5時間目の開始も遅れてるじゃない。

それも何度も言ってるはずだよ?
やーっぱり2人はお尻ペンペンされなきゃ言うこと聞けないのかな。
はい、お部屋に行くよ。」


「っ・・・」
「ぅ・・・」


この時、2人は目を合わせて、互いにうなずきあった。
そして、その瞬間。


「いくぞっ」
「うんっ」


「あ、こら!」


2人は一斉に駆け出した。
廊下を全力疾走。が、向かっている先は・・・


「2人とも、待ちなさい! っていうかどこに行くつもり!?」


2人を追いかけながら風丘がそう言う。

校外に逃げ出すつもりかと思ったが、

2人は玄関を通り過ぎて走っていく。

丘の問いかけに、惣一は走りながら答えた。


「風丘が言ったんだろ! 部屋に行くってよぉ!」
「そうそう!」


「・・・はぁ? !! まさかっ・・・ちょ、ちょっと!」


気づいたときには遅かった。

2人は風丘の部屋に駆け込むと、そのまま中から鍵をかけてしまったのだ。籠

城作戦だ。


「あー、やっぱり・・・」


風丘は廊下に立ち往生して、ため息をついた。




この作戦は、2人が少し前に考えたものだった。

この部屋についている鍵は、外鍵と内鍵の2種類がある。
その2つの鍵は独立しているので、

外鍵で内鍵は開けられない。

2人がひとまず安心と、ドア付近に座り込んだ時だった。


「あら・・・君たち、お兄ちゃんの生徒さん?」


先客がいた。


「お、お兄ちゃんって・・・言った? 今。」


彼女の言葉を聞いて、つばめが目を丸くする。

すると、彼女はにっこり笑ってうなずいた。


「えぇ。風丘花月。風丘葉月は私の兄よ。」


「「ええええええええっ!?」」


2人は驚きで声を上げた。

走るのに夢中で、

部屋の中に人がいるかどうかなんて確認している暇がなかったのだ。


「め、めっちゃ美人・・・」
「ほんとほんと・・・」


「あら、ありがとう。お世辞が上手ね。」


ふわっと微笑んだ顔は、やはり兄の葉月に似ている・・・。
葉月もやたら綺麗な顔していると惣一もつばめも思っていたが、
同じ遺伝子で女性になるとこんなにも美人なのかと驚嘆する。


「2人とも、お名前聞いてもいい?」


「あ、俺・・・新堂惣一。こっちが太刀川つばめ。」


尋ねられて、惣一がそう言って自分とつばめを紹介する。

花月はそれを聞いてにっこり笑う。


「惣一君に・・・つばめ君ね。よろしく。
それにしても、2人ともどうしたの? そんなに汗だくで・・・。」


「いや、これには、その、深いわけが・・・」


さすがに「お仕置きから逃げるため」とストレートには言いづらくて、

惣一が言葉を濁す。

するとそこへ、花月の携帯に電話がかかってきた。


ピリリリリ ピリリリ

ピッ


「はい・・・あ、お兄ちゃん?・・・え?」


花月が出た瞬間、

惣一が携帯のメール画面に『スピーカーオンにして』と

打ったディスプレイを見せる。
花月は不思議そうにしながらも、その通りにする。
すると、電話口から惣一たちにも風丘の声が聞こえるようになった。


“花月? 部屋にいる? 

そこにいたずらっ子が2人飛び込んできたでしょ?”


「え、うん・・・生徒さんが2人・・・惣一君とつばめ君。

お兄ちゃん、今どこにいるの?」


“・・・部屋の前の廊下。その2人に内側から鍵かけられちゃったからね。”


「えぇっ!?」


“っていうことで、花月。鍵開けてくれない?”


「え、えーっと・・・」


花月がチラッと横目で見ると、

惣一とつばめが必死の形相で手でバッテンを作っている。
花月は困ったような顔をして、とりあえず話を引き延ばしてみた。


「で、でも何でそんな籠城作戦みたいな・・・」


“何でって・・・2人ともお仕置きがイヤだからに決まってるでしょう。”


「え・・・」


それを聞いた瞬間、花月が驚きで目を丸くした。


「うわー、言われた・・・」
「最悪・・・」


風丘の言葉に、ため息をつく2人。
が、花月の驚きは別の意味で、だった。


「お、お兄ちゃん、生徒さんにそんなことしてるの!?」


“あー、花月には言ってなかったったけ? 

でも、悪い子にだけだよ?
何度言っても聞かないそこの2人みたいな。
ほら、分かったら花月。鍵開けて。”


「で、でも・・・」


いよいよダメかと2人が肩を落とそうとした瞬間。

花月から予想外の言葉が発せられた。


「かわいそう・・・じゃない?」

「「え?」」
“え?”


数秒の沈黙の後、風丘の呆れたような声が電話口から聞こえる。


“花月・・・。悪い子にはお仕置きが必要だって知ってるでしょう?”


「そ、そうかもしれないけど・・・
で、でも、私が開けたらこの子たちがお仕置きされちゃうんだって思うと・・・」


“別に、花月のせいで2人がお仕置きされるわけじゃないでしょう?
たまたま居合わせただけなんだから。”


「うん・・・でも・・・」


花月のすぐそばでは、2人が懇願の表情を花月に向けている。
特につばめは、泣きそうなくらいの顔で。


「2人とも、すごい泣きそうな顔してるし・・・」


それを聞いて、風丘はすぐに悟る。

おおかた作戦でそんな顔をしているのだろう、と。


“(あの2人・・・花月につけ込んで・・・)・・・花月ちゃん・・・”


「ご、ごめんお兄ちゃん、許してあげてっ」


ピッ


そう言うと、花月は携帯を切って、ハァ・・・と

額に手を当てながらため息をついた。


(私ダメ・・・子どものこういう顔に弱くって・・・それに・・・)


兄のお仕置きの厳しさを身をもって知っているがゆえに、

よけい2人を差し出すことがためらわれてしまったのだった。