連れてこられたのは、
学生時代、
ほぼ隔日ペースで5人組の誰かしらがお世話になっていた、生徒指導室。
もちろん防音完備。
「えー、ここですかぁ? やだなぁ・・・」
「ここしかねーだろっ ほら、入れ!」
突き飛ばすように部屋に入れられ、
天道がその後ろから入って鍵を掛ける。
「うわ、何にも変わってない・・・」
記憶と全く変わらない部屋の様相に、葉月は苦笑い。
そして、天道はようやく
自分と葉月の手首をまとめて縛っていたハチマキを解いた。
「先生、きつく縛りすぎですよ・・・」
手首をさすって、プラプラと宙で振りながら、葉月が文句を言う。
「うだうだ言ってないで、ほら、そこ正座!」
「えー・・・」
「増やすか?」
「っていうか、ほんとにやるんですか・・・?」
捕まった時点で覚悟していた展開とはいえ、やっぱり嫌だ。
葉月は、そんな心中のまま、天道を見る。
「ダメだ。往生際が悪いぞ。」
「はぁい・・・分かりましたよ・・・」
結局葉月が折れて、示された板張りの床に正座した。
その前に、天道がイスを持ってきて座り、
「イタズラを仕掛けたときのは何だった?」
と、葉月に尋ねる。
「天道先生の時は・・・1つにつき、20回、でしたっけ?」
何が、とは言わない。
だってそれは2人の間で言わなくとも共通認識だ。
「あぁ。そうだ。USBを盗んだこと、
それを使って俺らをからかったことで40回・・・」
「えー、それ別カウントですか?」
「黙れ。それから逃亡した分も10回おまけに加えて50回だ。」
「うっわ、結構多い・・・」
回数を聞いて、葉月が渋い顔をする。
「だから言ったろう。覚悟しとけって。ほら、じゃあ体勢とれ。」
言われて、葉月が渋々立ち上がり、
部屋の奥の壁際まで移動し、近くのイスを引き寄せる。
高校時代、お仕置きを担当する教師によって、
回数や体勢、道具はさまざまだったが、
それぞれの教師にお決まりのものがあった。
天道でいえば、先ほどの回数の決まりもそうだし、
体勢はいつも壁際で、
壁側に背もたれが来るように壁と少し離してイスを置き、
その状態で壁に手をつく。
足はイスの手前の2本の足を間に挟むように、
イスの足と平行と一直線の位置で肩幅に開く。
そして、額を背もたれの上にのせる。
教室の木製のイスなら痛いが、
生徒指導室のイスは少し良質で、座面や背もたれは布製なので、
さほど痛くはない。
これが天道の時の『体勢』。
悲しいかな、全く違うことなく覚えしまっている。
が、体勢を取る前にやらないといけないことがある。
「・・・下ろすんですか?」
「当たり前だろう。」
「全部?」
「今更聞くか?」
「ですよね・・・。」
そう言いながら、
天道はこれまたお決まりの道具、竹の50㎝物差しを
お仕置き道具置き場と化している段ボール箱から取り出した。
そこにある道具はもちろん全て経験済みだ。
竹刀、指し棒、靴べら、竹の棒、洋服ブラシ、使い古しの卓球ラケットなどなど・・・。
地田の竹刀ほどではないものの、
天道はもともと力があるからそこに道具が加わるとかなりのものだ。
高校生になってからは、最初や追加罰で平手を使われることはあったものの、
平手だけで終わることはまず無く、基本道具だった。
葉月は素振りする天道の様子を眺めながら、
諦めてズボンのベルトのバックルに手を掛けた。
そのままストンとズボンが床に落ちる。
次に、下着に手をかける。足が開ける程度の位置まで下ろす。
そして、先ほどの体勢を取った。
ピシャンッ
「ん・・・」
平手で一発叩かれた。これは、カウントに入らない。
全く痛くはなかったが、久しぶりの感覚に、少し葉月は顔をしかめた。
「分かってるな。カウント。
それから、声が小さかったり体勢崩れたらその場で平手5発だ。」
「分かってます・・・」
天道はいつもカウントさせる。
地田もそうだが、これは結構厄介だ。
まぁ、天道は地田と違い、
叫ぶようにカウントしなくても普通に言っていればOKなのが救いだが。
さらに、天道の体勢は細かく決められているので少しでも動けばすぐバレる。
そのたびに平手で5発も打たれたら、
最初の予定よりかなり余計な痛みを喰らうことになる。
「よし、いくぞ。」
こうして、葉月の久しぶりのお仕置きは始まった。
ビシィィィンッ
「1。」
ビシィィィンッ
「2。」
ビシィィィンッ
「3。」
・・・・・・・・・・・・天道は、単なるイタズラの時はお仕置き中に説教はしない。
室内に響くのは、打撃音と、
葉月のカウントの声と、時折漏れる息づかいだけ。
前半は、葉月は淡々と受け、淡々とカウントしていた。が・・・
(うわー、結構怒ってるし・・・これじゃ後半きついかも・・・)
数え切れないくらい天道のお仕置きも受けてきた葉月は、
痛みの強さから天道の怒り度合いが分かる。
今回、激怒とまではいかないものの、結構なものだ。
後半の辛さを思って、葉月は心の中で溜息をついた。
ビシィィィィンッ
「いっ・・・つ・・・30・・・。」
そろそろ辛い。
少し強さの増した痛みに、
葉月がついに分かりやすく顔をゆがめ、うめき声をあげた。
ビシィィンッ
「う・・・31・・・」
ビシィィィンッ
「ぁっ・・・32・・・」
ビッシィィンッ
「いぁっ・・・33っ・・・」
その時、痛みで一瞬、身体を起こしてしまった。
すぐに戻したが、
『額を背もたれにつける』という明確な基準があるため、ごまかしはきかない。
「5発だな。」
(あー、やった・・・)
天道が床に物差しを置き、近づいてくる。
平手を与えるとき、天道は腰を抱えるのだ。
葉月と天道では身長差はほとんどないが、
細身の葉月なので、ガッチリしている天道は問題なく抱え込まれてしまう。
バシィンッ バシィンッ バシィンッ バシィィンッ バシィィィンッ
「っ・・・くっ・・・うぁっ・・・」
「よし、ほら体勢戻せ。34からだ。」
天道は何事もなかったかのように葉月を離すと、自分は物差しを取りに戻る。
葉月は、「はぁ・・・」と息をつきながら、元の体勢に戻る。
そこからしばらくは、無駄に追加させてなるものかと耐えたので
また淡々と進められたが、48発目・・・
ビッシィィィンッ
「いっ・・・ちょっ・・・」
突然、痛みを与えられる場所が変えられた。太ももの付け根。
身体を突き抜けるような瞬間的な痛みに、
とっさに葉月がまた身体を起こしてしまう。
「何だ? 残り3発はそこだ。
あぁ、その前にカウント忘れと体勢崩しで10発だな。」
「っ・・・」
バシィンッ バシィンッ バシィンッ バシィィンッ バシィィィンッ
バシィンッ バシィンッ バシィンッ バシィィンッ バシィィィンッ
「ぁっ・・・うっ・・・くぅっ・・・ったっ・・・うぁっ・・・いったぁっ・・・」
「ほら、残り3発なんだから耐えろ。いくぞ。」
ビシィィンッ
「っぅ・・・48っ」
ビシィィィンッ
「うぁっ・・・49っ」
ビシィィィィンッ
「っ~~~・・・50っ!」
「よし、終わり。」
「はぁ~~~~・・・・」
天道の言葉を聞くと、
葉月が脱力したようにそのまま膝を折り、イスの座面に突っ伏した。
「冷やすか?」
「あー・・・少し。」
かなり赤くなっている自分のお尻をチラッと見て、葉月が苦笑いでそう言う。
「あぁ、準備してやるからソファで横になっとけ。」
天道はそう言って、指導室内にある洗面台の方に向かう。
葉月はお言葉に甘えて、ソファにうつぶせになる。
「ほらよ。」
「っ・・・どうも。」
お尻にピトッと濡れタオルがのせられる。
葉月は一瞬痛みに顔をしかめながらも、天道に礼を言った。
「しっかし、さすがだなぁ。
うちの生徒じゃ、20発超えた辺りから泣き叫んでるぜ。
体勢とれねぇから、仕方なく俺が抱えてやんだよ。
いやー、今日は楽だった。さすが風丘。」
天道が感心したように言う。
「嬉しくないですね、それ・・・。
っていうか、先生やっぱり心狭くなりましたね。
昔だったらあの程度でこんなに痛くしませんでしたよ。」
少し恨めしそうに葉月が言う。
「あのなぁ。
甘くして、母校来るたびにくだらねーイタズラ仕掛けられたらみんな困んだろ。」
「はいはい、すみませんでした。
それにしても、先生も、全く威力衰えてませんね、特に平手。」
「おー、今もそれなりにしょーもないことやらかす奴らは多いからな。
厄介なことに、お前らに憧れて。」
「やだな、それは俺らの責任じゃないですよー」
そんな感じで、お尻を冷やしながら談笑すること30分ほど。
そろそろ帰ります、と葉月が身なりを整えて、ドアを開ける。
部屋を出ようとした時、葉月は思い出したように振り返って言った。
「あ、先生。」
「ん? なんだ?」
「お仕置きは、まぁ結構痛かったですけど・・・
久しぶりに先生の慌てる姿見れて、楽しかったです。
だから、後悔してません。また来ますね、先生♪」
「なっ・・・おい、ちょっと待て、風丘ぁっ!」
葉月はウインクしてそう言うと、
そのまま天道の制止も聞かず、出て行ってしまった。
「ったくあいつは・・・昔から変わんねぇなぁ・・・」
高校時代から、
イタズラで自分にお仕置きされた時、葉月は帰り際いつも笑って出て行った。
イタズラに関して、あの5人組に反省の文字は滅多になかったようで。
残された天道は、
そんな昔を思い出しながら、いつまでも変わらない悪戯っ子に苦笑するのだった。