「あ、先輩!・・・天道先生は?」
1人で戻ってきた葉月を見つけて、寺戸が不思議そうに尋ねる。
「んー。なんか、慌てた様子で部屋飛び出してっちゃって。
置いてけぼりくらったから、戻ってきた。」
「そうですか・・・何かあったんでしょうか・・・?」
「うーん・・・まぁ、とりあえずいずれはコート戻ってくるだろうし。
それまで、ここで待っててもいい?」
「はい、構いませんよ。」
寺戸はそう言うと、葉月にベンチを勧めて、自分はコートに戻っていった。
葉月がコートに来てから10分ほど経って。
血相を変えた様子は変わらないまま、天道がコートに戻ってきた。
そして、なぜか寺戸に聞いている。
「おい、俺のUSB知らないか?」
「え? 先生のですか? 知りませんよ。
朝、部屋に伺ったときは差してあった気がしますけど・・・。」
「・・・だよなぁ・・・。」
もうアテがなくなったのか、葉月が座っていたのとは別のベンチに座り込む天道。
「無くされたんですか?」
「あぁ、見あたらなくてな・・・」
部員たちが、何事かとぞろぞろ集まってくる。が、誰も知るわけがない。
そんな様子を見つつ、葉月は考える。
(そろそろ出してあげた方がいいかな?
・・・っていうか、そろそろ気づかないわけ?)
少しぐらい自分を疑うと思っていたのに。
葉月はちょっと拍子抜けした感じで、ポケットの中のUSBを手探りで触る。
が、この状況は意外な人物によって破られた。
「・・・金橋先生?」
最初に気づいたのは寺戸だった。
ツカツカと、校舎の方から金橋がコートまでやってくる。
それを見た天道が、慌てて立ち上がる。
「あ、ありました!?」
「いいえ。」
「・・・そうですよね・・・」
また落ち込む天道だが、そんな彼には目もくれず、金橋は迫った。
「風丘君。出しなさい。」
「「「「「え?」」」」」」
「は?」
「・・・」
ずいと葉月の前に、手の平を出す。
部員たちと天道は呆気にとられている。
一瞬びっくりした顔をした葉月だが、すぐに笑顔に戻って言った。
「・・・さすが金橋先生。どうして分かったんですか?」
「天道先生の話の中に、あなたの名前が出てきたのよ。
いつ分かったの?って聞いたら、あなたと話してた時に・・・ってね。
だから、たぶんそうじゃないかと思ったの。
ほら、分かったら早く出しなさい。
あなたいくつになってもこんなくだらないことして・・・」
「分かりました。出しますよ。」
「風丘、お前・・・」
葉月は両手をあげて降参のポーズを取ると、
着ていたジャケットの右ポケットからUSBメモリーを取り出す。
「ところで先生。」
取り出しながら、葉月は唐突に話し出した。
「これは何でしょう?」
右手に取り出したUSBメモリーを持って、問いかける。
「だからそれは俺のっ・・・」
いい加減イライラしたように、天道が言いかける。
が、それを途中で遮って、葉月は別のモノを左ポケットから取り出す。
「そう正解。天道先生のUSBメモリーです。
じゃあ、これは? はい、寺戸君。」
「え・・・ホワイトボードとかにつける・・・磁石・・・」
「そう正解。では問題です。
この2つを近づけたら何が起きるでしょーかっ?」
「なぁっ!?」
「ちょ、ちょっと!」
「「「「「え?」」」」」」
葉月がそう言った途端、先生2人が慌て出す。
・・・が、部員たちはわけが分からずポカンとしている。
「クスッ じゃあ、実際にやってみましょー!」
そう言って、葉月は磁石とUSBメモリーの挿入部をくっつけた。
「あーっ!」
「風丘君っ・・・あなたって子は・・・」
「「「「「?」」」」」」
呆然とする先生2人に、全く状況が飲み込めない部員たち。
そんなコントラストを見て、葉月はクスクス笑う。
「風丘! お前、俺の徹夜の結晶をっ・・・」
崩れ落ちる天道を見て笑いながら、葉月は寺戸に問いかける。
「寺戸君。どうしてそんな不思議そうな顔してるの?」
「え、いや・・・先生方がなんでそんな焦ってらっしゃるのか・・・
分からないっていうか・・・」
困惑したように言う寺戸に、天道が半ば怒鳴るように言う。
「はぁ!? あのなぁ、こーいう記録媒体に磁石を近づけるとなぁ、
イカレてデータが飛ぶんだよ!」
「「「「「ええっ!?」」」」」」
ようやく理解して、部員たちが声をあげる。
が、葉月がそれに付け加えた。
「フロッピーディスクの場合は・・・ですけどね。」
「「「「「え?」」」」」」
その場にいる葉月以外の全員が固まる。
「さっきの答え。正解は、『何も起きない』です。
まさか僕でも、本当に消すようなことはしませんよ。
磁力でデータが飛ぶのは、フロッピーディスクの場合。
USBメモリーは磁気とは全く関係ないデータ保存方式なんで、
事務用の小さい磁石近づけたって何も起きません。
先生方は昔のフロッピーの意識があるから、
『磁石はダメ』って思われたんでしょうけど・・・。」
葉月はクスクスと笑いながら種明かし。
「じゃ、じゃあ俺のデータは・・・」
「無事ですよ。僕はただパソコンから抜いただけですから。」
「よ、良かった・・・」
「せ、先生・・・ダサイ・・・」
「何だとっ!?」
天道がその場で崩れ落ちる。その様子を見て、部員たちがクスクス笑う。
金橋は溜息をついて、
「全くもう・・・風丘君、天道先生をからかうのもほどほどになさい。
今日は私も久しぶりに巻き込まれて疲れたわ・・・」
そう言って、コートを出て行った。
「クスッ でも残念です。今日は1人だったから、動画撮れなくて。
でもまぁ、慌ててる様子、結構おもしろかったからいっか。」
「か~ざ~お~かぁ~っ」
天道が、低い声で風丘に迫る。
「はい? あぁ、ちゃんとお返ししますよ。これ・・・」
「高校時代、決めてたよなぁ? イタズラの時効はまるまる1日ってよ。
っつーかお前らが無理矢理決めさせた約束だ。忘れるわけねぇな?」
そう、それは、高校時代。
葉月たちが1年生の時に、
無理矢理教師たちに、全校生徒の前で認めさせた約束。
中学時代、身を削ってイタズラしてきた葉月たちが、
イタズラしやすくするために発案した約束。
『イタズラして、バレなかったり、証拠を掴ませず1日逃げ切れたりしたら、
それは時効でお咎め無し』。
1年生の1学期最後の日に
葉月が生徒総会で全校生徒の前で宣言し、
すでに先生たちをイタズラであっと言わせることで
生徒たちから人気を得ていた葉月たちグループだったので、
全校生徒から信任を得て、
校則の元、教師たちも嫌々飲まざるを得なくなった。
が、この約束はつまり、裏を返せば、
その日のうちにバレて捕まってしまえば・・・。
「・・・そんな昔のこと今更言います?」
天道が暗に言いたいことが分かって、葉月は少々顔をしかめて文句を言う。
「うるせぇ、元はと言えば昔と何も変わらんで成長しねーお前が悪いんだろうが!
しかも今回は悪趣味にもほどがある!」
「っていうか、高校時代にも1回やって、教えてあげたじゃないですか。
大切なUSB、差しっぱなしは不用心ですよって。」
そう、天道からUSBを盗んで隠すイタズラは、高校時代にもやっている。
その時は5人参加したので、
もっと大規模・複雑で巧妙なイタズラだったのだが。
「先生こそ、少しは学習したらどうです?
一応生徒に教える先生なんですから。」
葉月の言葉に、部員たちがまた吹き出す。
「風丘ぁ!!!」
我慢ならなかったのか、天道が名前を怒鳴って葉月の元に走ってくる。
「おっと、なんか不穏な空気だから、そろそろ逃亡します。
寺戸君、パス!」
「えっ、うわぁっ」
葉月は持っていたUSBメモリーを寺戸に投げ渡すと、
振り返りもせず、そのまま駆けだした。
単純な脚力勝負なら、圧勝で葉月が勝つはずだった。
葉月もそう思っていた。が、そう思ったのは天道も同じだったようで。
葉月が校門を駆け抜けて、学校から離れようとすると、
目の前にバイクが立ちふさがった。
「うわー、大人げない。そこまでします? フツー。」
「うるせぇ、今日はほんとに頭に来てんだ。そう簡単には逃がさないぞ。」
バイクに乗っていたのは、天道だった。
逃さず、葉月の腕を掴む。が、葉月も全く怯まない。
「あの程度のイタズラ、毎回やってましたよ。
免役弱まってるだけじゃないですか? それともカルシウム不足?」
「うるせぇ!
ふん、そんな減らず口叩けるのも今のうちだからな。覚悟しとけよ。」
そう言いながら、天道は何でか持っていたハチマキを、
葉月の手首と自分の手首をひとまとめにして結びつける。
「そんなことしなくても、ここまでされたら逃げませんよ・・・」
天道のあまりの必死さに、葉月が苦笑いする。
「念のためだ、念のため。よし行くぞ!」
こうして、ついに葉月は連行されてしまった。