これは、風丘葉月が、教員採用試験に合格が決まったばかりの頃の話。
惣一たちの中学に赴任する1年と少し前。




休日の日曜日、

葉月は「一応」合格の報告と、暇つぶしがてらに久しぶりに歩いて母校を訪れた。
金橋や地田にはできれば会いたくないが、
自分のクラスの副担任や、妹の担任で、部活の顧問でもあった天道

(フルネーム:天道一靖(てんどう いっせい))には
報告もしておこうか、と気が向いたからだ。





学校に着いて、適当に散策する。

休日の午後で、部活をやっている生徒以外は特に学校にいないので、

平日よりは歩き回りやすい。

葉月は、その足でいつも日曜が休日活動日の男子テニス部のコートに向かった。


「ねーねー、天道先生って何してるー?」


「うわぁっ!? かっ、風丘先輩!?」
「風丘先輩!?」
「お久しぶりですっ!」


葉月は、卒業後も天道をからかいがてら、

たまに部活にOBとして顔を出していたので、葉月と面識のある後輩も多い。

現部長を務める寺戸が、駆け寄ってくる。


「どうされたんですか? 今日は・・・」


「んー。一応、教員採用試験受かったから。そのご報告。」


「おめでとうございます!」


それを聞いて、寺戸がパッと笑顔になって祝福する。
それを聞いていた他の部員も口々にそう言う。


「ありがとー(ニッコリ)
で、天道先生にも報告しよーと思ったんだけど・・・」


「なんか天道先生、書類作成に終われてて、

午前中はずっと部屋でやってたみたいです。
で、昼休みにやっと終わったって言って、

そのままいつものリフレッシュしてくるって車で出ていっちゃいました。
3時頃には戻って、乱打に入ってくれるって言ってましたけど・・・

まだ2時間くらいありますね・・・。」


「ふーん・・・そっか。」


「・・・え?」


寺戸の話を聞いて、ニヤッと笑った葉月に、寺戸が不思議そうな顔をする。


「先輩・・・何か?」


「んーん。何でもない。それじゃ、俺はちょっと職員室寄って来るから・・・
また後で来るね。練習頑張って。」


「はいっ」


葉月は笑顔でそう告げると、コートを後にした。

・・・が、向かう先は職員室ではなく、天道の個人部屋。


教員に個人部屋が与えられるシステムは、星ヶ原中学・高校の昔からある伝統だ。


「失礼しまーす」


天道は、日中は部屋に滅多に鍵を掛けない。

この日も、数時間で戻ってくるつもりだったからか、鍵は開いていた。
葉月は天道の部屋に侵入すると、お目当てのモノを見つけた。


「あったあった。不用心な癖、まだ抜けてないんだから~」


開いたままスリープ状態になっているノートパソコンに差しっぱなしのUSBメモリー。
葉月はそれをパソコンから抜くと、ポケットにしまった。


「これで完了・・・クスッ 久しぶりに、ちょっと遊んじゃおうっと。」


イタズラっぽく微笑むその顔は、
中学・高校時代、毎日のように教師たちにイタズラを仕掛けていた

イタズラグループのリーダーの顔だった。





しばらくして。

葉月はコートに戻り、

後輩たちの乱打や試合風景を眺めたり、時たま混ざったりして、楽しんでいた。


すると、3時頃。時間通りに、天道がコートに現れた。


「おー、やってるか・・・って風丘!?」


「お久しぶりです。天道先生。教員採用試験、合格したんで一応ご報告に。」


久しぶりに見る教え子の顔に驚く天道に対して、葉月が朗らかに言う。


「おぉ! そうか、やったな!」


「えぇ。一安心って感じです。

中・高で免許取ったんですけど、とりあえず中学で採用されました。」


「そうかそうか。じゃあ、ここじゃなんだから俺の部屋で話すか・・・

おい、寺戸!」


「はい!」


「悪いな、30分ぐらい空ける。

組んでおいた試合表、これだから、先に始めててくれ。」


そう言って、天道はポケットから紙を取り出し、寺戸に渡す。


「はい。分かりました。先生もごゆっくり。」


「おぅ。よし、じゃあ行くぞ、風丘。」


はい。(ニッコリ)」


寺戸はそれを受け取ると、笑顔で答えた。





「よし、どうぞ。」


「失礼しま~す・・・うわ、ほとんど何も変わってませんねぇ」


数時間前、一度来たのだが、葉月はしれっとそんなことを言う。


「まぁな。俺はそんな模様替えなんてするタチでもないし。

これが一番居心地良いんだよ。」


「そうですか。」


それから、2人は天道が入れたコーヒーを飲みながら、

20分ほど、談笑を楽しんだ。

そして、葉月が自然な流れで、話を出す。


「でも、すみません。お忙しかったみたいで・・・寺戸君に聞きました。」


「あぁ、まぁな・・・。明日までに提出の書類作成があってな。

俺、デスクワーク得意じゃないだろ?」


「まぁ、天道先生は肉体労働派ですからね。」


「お前はチマチマした作業得意そうだから、

教師になってもそれは平気だろーけどな。」


「そうでもないですけど・・・。もう、それは終わったんですか?」


「あぁ。まだ完成じゃないが、目処はついた。

3日前くらいからずっと、さっきまでやっててな。
そこのノートパソコンで・・・って・・・あれ!?」


「・・・どうされたんですか?」


「い、いや・・・ない・・・」


「ない?」


「USBが・・・!?」


天道が、慌てた様子でデスクの上や、自分のジャージをまさぐっている。
・・・が、出てくるはずもなく。


「職員室か・・・? いや、持って行った覚えはないが・・・っ」


葉月がいることも忘れて、天道は部屋を飛び出していってしまった。

取り残された葉月は、笑いをこらえるのに必死。


「クスクスッ・・・あんなに慌てて・・・職員室行ってみよっかな・・・」


天道が出て行ってからしばらく経って、葉月は後を追った。




職員室に着くと、その場にいたのか金橋に聞いている天道の姿があった。

葉月は、それを隠れてこっそり見る。


「金橋先生・・・俺のUSBメモリ、知りません?」


「えぇ? 知らないわよ。何、無くしたの?」


「いや、差しっぱなしにしといたはずが、見あたらなくて・・・」


(クスッ。まぁ、とりあえずはこれでよし。コートに戻ろっと。)


金橋とあたふたして話している天道の姿を見届けると、

葉月はまたコートに戻った。