

「越前? どういうつもりだったんだ?」
「あー・・・えっと・・・」
土曜日、休日部活後の部室。
夏で日が長いとはいえ、7時を回れば辺りはだいぶ暗い。
今日は他校で練習試合だったため、
部室にもコートにも、2人以外の部員の姿はない。
青学テニス部1年、スーパールーキーの越前リョーマは、
只今絶賛大ピンチな状況に陥っていた。
リョーマを目の前に立たせ、
パイプ椅子に座っていつも以上に眉間に皺を寄せているのは
青学テニス部部長の手塚国光。
そして、リョーマがこのような状況に追い込まれたのは、
もう何度目か分からない「寝坊からの遅刻」だった。
リョーマ自身も、さすがに今回はちょっとまずかったと少しは思っていた。
普通の練習での遅刻も結構日常茶飯事で、
その都度お説教&グランドを走らされていたわけだが、
一度だけ練習試合に遅刻したことがあった。
その時の手塚の怒り方は相当で、「次は許さない」と言われていたのだ。
そう言われたのが約1ヶ月前。
遅刻自体は2週間前の休日練習にもしているので、
ここのところ隔週ペースで遅刻していることになる。
「どういうつもりだったのかと聞いているんだが?」
「いや・・・寝坊ッス・・・」
普段は先輩相手にもかなり尊大な態度をとっているリョーマだが、
今の手塚の威圧感は半端ない。
怒りのオーラが目に見えるようだ。
「俺はこう何度も何度も寝坊して遅刻するのは
どういうつもりなのかと聞いているんだ。」
「あー・・・それは・・・まぁ・・・」
「俺は、お前が寝坊で遅刻するたびに再三注意してきたはずだが?」
「・・・・・・」
「しかも、今日は練習試合だった。
以前練習試合に遅刻した際、『次は許さない』と言わなかったか?」
「っ・・・」
「覚えていなかったのか?」
「・・・」
言われた。確かに言われたが・・・。
リョーマは、元来説教を黙って聞いているような性格ではない。
神妙に聞いていたが、そろそろ限界だった。
「別にっ・・・いいじゃないッスか・・・
試合自体には間に合ったんだし・・・・・・っ!」
そう、確かに試合『自体』には間に合ったのだ。
ただ、集合時間に間に合わず、
各校のコートでのウォーミングアップに間に合わなかった。
リョーマからしてみれば、
確かに遅刻はしたが、試合に穴を開けたわけでもなく、
ウォーミングアップが出来なかったのは自分だけなのだから・・・
という思いがあった。
何とか耐えておとなしく聞いていたが、本音は隠せなかった。
つい口をついて出た一言。
だが、それを聞いた途端、
手塚の眉間の皺が深くなり、眉がピクッと動いたのを、リョーマは見てしまった。
「ほぉ・・・」
(これ・・・ヤバイ・・・? でもっ・・・)
クールなふりを装うが、内心穏やかではない。
いくらリョーマでも、いくら「傍若無人」なんて言われても、
やっぱり手塚は怖い存在なのだ。
「よく分かった。・・・・越前。
お前は以前の俺の注意を大したものとも思わず、
今日も遅刻したあげく、
今日のことは試合に間に合ったのだから別に良いと思っている、ということだな?」
「っ・・・」
そう改めて言われると・・・だが、もう後には引けない。
「っ・・・そうッスよ。だから何?」
更に、手塚の表情が険しくなる。
ここで否定して、謝れば良かったのだろうか。
そうすれば、少しは状況が良くなったのだろうか。
いや、もう手遅れだったか。
こういう時、リョーマは自分の性格が少し恨めしくなる。
謝らなければと分かっていても、素直に言葉に出来ない。
口をついて出るのは、つんけんしたぶっきらぼうな言葉だけ。
それで「生意気」だの「傍若無人」だの言われる。
でも、そういう性格だから、自分ではどうしようもない。
「・・・どうやら、別の方法が必要のようだな・・・。」
リョーマは、ゾクッと悪寒を感じた。
手塚の纏う空気が変わった感じがした。
「越前。こちらに来い。」
「っ・・・なんで・・・?」
「来い、と言ったのが聞こえなかったのか?」
そう言われても・・・。
行かないとまたまずいだろうと分かってはいても、
足が動かないのは素直に従うのが癪だからか、
それとも単純に何をされるか分からない恐怖からか。
いっこうに動こうとしないリョーマに、
手塚がしびれを切らして立ち上がり、リョーマのもとまで歩み寄る。
そして、リョーマの右腕を強引に掴んだ。
それでようやく、リョーマも我に返って慌てる。
「ぶちょ・・・何してっ・・・いった・・・離してっ・・・」
そのままパイプ椅子まで戻り、気づいたら・・・
リョーマは手塚の膝の上に押さえつけられていた。
「何するんスか! 部長!」
「言って分からないなら実力行使するしかないだろう?
体に教えてやる。仕置きだ。」
「何を・・・
バシィィンッ
ってぇっ!! 部長!?」
リョーマが「意味が分からない」と言おうとしたのを遮って、
手塚が平手を振り下ろした。
ユニフォームのハーフパンツの上からとはいえ、
テニスで鍛えた手塚の力は相当で、そこそこ痛い。
しかし、それよりも、
それによってリョーマは今自分がどういう状況になっているのか思い知ってしまい、
耐え難い羞恥を感じる。
が、手塚はそんなのおかまいなしだ。
バシィンッ バシィンッ バシィィンッ
「いっ・・・ちょ・・・ぶちょっ・・・こんなの・・・離せっ・・・」
何とか抵抗を試みるが、元々相当な体格差な上に、
パイプ椅子に座っている手塚の膝の上、
という不安定な体勢でまともに抵抗ができない。
それどころか、そんなリョーマを見て手塚は溜息をひとつつくと・・・
「ちょっ・・・なにしてっ・・・」
ハーフパンツと下着に手をかけ、一気に引き下ろしてしまった。
これにはリョーマも黙っていられず、最大限の抵抗を試みる。
「離せっ・・・離せよっ・・・・」
「仕置きだと言っただろう。おとなしくしていろ。」
バシィィンッ
「いっ・・・」
明らかに先ほどとは変わった痛み。
焦って手を後ろに回したが、
「おとなしくしろと言ったはずだ。」
と、あっさり背中に縫い止められてしまった。
バシィィンッ バシィンッ バシィィンッ バシィィンッ
「くっ・・・いっ・・・うぁっ・・・ぶちょっ・・・いぃっ・・・」
「確かに試合には間に合った。だが、それでいい、というわけではないだろう。」
淡々とお説教を始める手塚。
口調は怒っているが、語気を荒げるようなことはない。
だが、何にしたって振り下ろされる平手が痛すぎる。
バシィィンッ バシィィンッ バシィィンッ バシィンッ バシィィンッ
「いっ・・・んんっ・・・ってぇっ・・・あぁっ・・・」
「満足にアップする時間も、自分の調子を確認する時間もなくて、
万が一のことが起きたらどうする?」
手塚は、遅刻したリョーマの試合順を後にずらして、
空いた時間でアップをするように命じた。
リョーマは「別に大丈夫だ」と不満だったが、そこは渋々従ったのだ。
パァァンッ バシィィンッ バシッ バシィンッ バシィィィンッ
「いってっ・・・うぁぁっ・・・いぃっ・・・うっ・・・」
「お前は不満そうだったが・・・。
選手にとって怪我がどれだけ大変なことか、知らないはずはないだろう。」
バチィィンッ バシィンッ バシィンッ バッシィィンッ
「うぅっ・・・ぁぁっ!・・・もっ・・・無理っ・・・ぶちょっ・・・」
そろそろ痛みを耐えるにも限界が近づいてくる。
・・・が、手塚は耳を貸してくれる様子もなく。
「それに、一度注意されたことを繰り返すな。
そもそも、遅刻は一度だってダメだろう。
そういうことを続けていると、信用をなくす。」
バシィィンッ バシッ バシィィンッ パァァンッ バッシィィンッ
「くぁっ・・・ぅぅっ・・・いっ・・・ったぁっ・・・」
「一度信用をなくすと取り戻すのは大変だ。
『遅刻をしない』というのは、部のためでもあるが、越前。
お前自身のためでもある。」
バシィィンッ バシィィンッ
「うぁっ・・・ぁっ・・・わかったっ・・・わかったッスからっ・・・」
「何がだ。」
バシィィンッ バッシィィンッ
「いったぁっ・・・もっ・・・遅刻しないしっ・・・注意されたら守るからっ・・・」
「あぁ。」
バシィンッ パァァンッ バシィィィンッ
「んぁっ・・・いってっ・・・ぅっ・・・今日はすいませんでしたっ・・・だからっ・・・」
『もうやめて』。
そう言おうとしたら、手塚に遮られた。
「やっと分かったようだな。」
(終わった・・・?)
一度手塚の手が止まり、
リョーマがハァハァと息を上げながら、そう思った時。
最悪の言葉が耳に飛び込んできた。
「なら後はしばらく、先ほどの態度の悪さを反省していろ。」
「なっ・・・!!」
手塚国光。彼の厳格さはやっぱり本物だった。
「いたぃっ・・・ぶちょっ・・・もうっ・・・無理っ・・・」
それからひとしきり叩かれて、お尻が真っ赤になった頃。
「・・・もういいだろう。立て。」
手塚が突然手を止めて、リョーマを立ち上がらせた。
リョーマは、うっすら涙目で、ズボンを上げる。
『絶対泣かない』と思っていたのだが、結局涙混じりの悲鳴をあげてしまった。
「これで少しは懲りただろう。」
「ッス・・・」
ズボンの上からお尻をさすりながら、うつむき加減で答えるリョーマ。
どうにも、恥ずかしさと気まずさで手塚の顔をまともに見れない。
「・・・明日から一週間、部活の前にグラウンド10周。」
「はぁっ!?・・・・・・あ、いや、ちが・・・」
とっさに出してしまった声に、リョーマは焦る。
弁解しようとするが、それより前に手塚が少し笑ったような表情になって、
「冗談だ。」
と言った。
(分かりづらいっ・・・)
普段滅多に冗談なんか言わないくせに・・・。
と、リョーマは心の中で文句を言う。
「お前は青学の柱になるんだろう。
これから部の中心になっていく者が、
遅刻などというくだらないことを繰り返していてどうする。」
「ッス・・・」
「越前。お前は実力がある。些細なことで自分の足を引っ張るな。」
「・・・はい・・・」
手塚は、パイプ椅子から立ち上がる。
「期待しているんだぞ。
俺も、他のレギュラーも。お前が立派な柱になることを、な。」
そう言って、部室を出て行った手塚。
(っ・・・何、それ・・・。)
そんなことを言われたら、もう遅刻できないじゃないか。
結局、手塚にはかなわないリョーマなのだった。