「んっ・・・」


練習試合が終わったのは午後2時頃だったが、
白石が目を覚ました時には、

日も傾き掛け、保健室の窓からは夕焼けが見えた。

白石が眠っている間に、

小石川が片付けが終わったので部員を帰らせた、と連絡に来て、

部室の鍵を千歳に渡し、
その後渡邉が顔を出して、

「千歳がついてるなら大丈夫やな」

と言って、後は任せた、と帰って行った。


「目、覚めたと? もう大丈夫か?」


「あぁ、だいぶよぉなったわ。千歳・・・悪いな・・・」


「ったく・・・あんだけ言ったんに。無理したらいかんって。」


「すまん・・・」


千歳に叱られ、少しシュンとして謝る白石。
しかし、千歳は今回はそれで許さなかった。


「あかん。みんなに心配かけたんよ? 

特に金ちゃん。泣きそうな顔しとったばい。」


「そうか・・・」


一番、それは避けたかったのに。

力なく相づちを打って、そのまま黙ってしまう白石。

長い沈黙を破ったのは、またしても千歳の言葉。


「白石。今の白石に必要なんは何やろね?」


「・・・は?」


質問の意味がくみ取れず、聞き返してしまう白石。
そして千歳が言ったその答えは、白石には信じがたいものだった。


「お仕置き、やね。」


「なぁっ・・・!?」


まさかの答えに、絶句する白石。
が、お構いなく近づいてきた千歳は、白石の腕をとる。
慌てた白石は、ガラにもなく抵抗した。


「待って、千歳、それは・・・っ」


「何? 白石、いつも金ちゃんに言うとるんじゃなかと? 

人に心配かけたらいかんって。」


「うっ・・・せやけどっ・・・」


いつも自分が言ってることを引き合いに出されたら、反論できない。

白石が言葉に詰まると、

千歳は有無を言わさず白石をベッドから引っ張り出した。
そして、自分がベッドの縁に座り、その膝の上に白石を横たえる。


「ほんまに待ってって・・・っ」


お仕置き、しかもよりにもよって膝の上。
抵抗しようにも、体格、パワーともに千歳には適わず、

白石はおとなしくジャージと下着を下ろされるしかなかった。
恥ずかしさで、顔が赤くなる。
しかし、その恥ずかしさも、

1発目を受けたところでそれどころでは無くなってしまった。


バッチィィィンッ


「うぁぁぁっ」


痛い。とてつもなく痛い。白石は焦った。

千歳は、身長に比例して手の平も大きい。

一撃で、白石のお尻全体をカバーしてしまうような大きさだ。
ということは、痛みが休む間もなくお尻全体を襲う。

それに相まって、千歳のパワー。
その痛みは、白石が想像していたものを遙かに超えていた。


バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ


「いたぁっ・・・ちょっ・・・ちとせっ・・・うぁぁっ」


「何ね?」


バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ


「いたぃっ・・・ほんまに・・・いたいってっ・・・くぅぅっ」


痛みに顔を歪ませる白石に、千歳はさらりと一言。


「お仕置きは痛かもんやって、いつも白石が言うとるんじゃなか?」


バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ


「うっ・・・それはぁっ・・・ったぁっ・・・そうやけどっ・・・」


「やったら、我慢しないとあかんね。」


バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ


「あぁぁっ! うぅっ・・・くぅっ・・・」


自分がいつも言っていることを返されるのだから、たまらない。
反論できないし、恥ずかしいし、情けないし。

それに、痛みもすごい。

千歳は、一定の強さの平手を、何があっても止めない。
白石が何か言っても、自分が何か言うときも、決して止めない。


痛くて、恥ずかしくて、情けなくて、辛くて。
必死に耐えていた白石にも、そろそろ限界が訪れていた。


バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ


「ちとせぇっ・・・ほんまっ・・・謝るからっ・・・やからっ・・・」


「ん?」


バチィィンッ バチィィンッ バチィィンッ


「いぁぁっ・・・もっ・・・とめてっ・・・うぁぁっ・・・ほんまにっ・・・あかんっ」


「・・・」


ここで、始めて平手が止まった。
白石のお尻は満遍なく赤く染まり、見るからに痛そうだ。


「ハァハァハァ・・・」


肩で息をして、どうにか涙をこらえている白石。
ここまで来ても、まだ耐えようとしている白石。
そんな白石を見て、千歳は声をかけた。


「・・・ずっと・・・ずっと、『完璧』である必要はなか。」


「・・・え?」


千歳の言葉に、白石は涙で潤む目を見開いた。


「もちろん、プレイスタイルとしての『完璧テニス』は、

それこそ白石のテニスやし、これからも続けて欲しか。
それが白石らしいのテニスやって、そげんことは分かっとる。」


千歳は、白石のお尻を軽くポンポンと一定のリズムで叩きながら、

白石に語りかける。


「ばってん、それはプレイスタイルの話ばい。

本人まで、ずっと『完璧』である必要はなかよ。」


「千歳・・・」


「白石も俺らと同じ中学生たい。失敗もするし、苦手なこともある。
疲れるときだってあるし、サボりたいときだってあるとよ。それが普通ばい。
それば無理矢理押し殺して、いつでん平気なように振る舞って、

そんで俺らに心配ばかけんようにするなんて・・・
そげん気ぃ遣う必要なか。

俺らは仲間ばい。仲間には弱みも見せて良か。
辛い時に助け合って、支え合うんが仲間たい。


「っ・・・」


「こぎゃん風になる方がよっぽど心配ばい。

もっと・・・もっと俺たちを頼ってくれんね。」


「ち・・・とせ・・・」


千歳の言葉が心に染みる。
気づけば、白石の瞳から涙がこぼれ、頬を伝っていた。


「あかん・・・っ・・・せっかく・・・泣かんようにしてたのにっ・・・

そんなん言われたらっ・・・」


気づいた白石が焦って、顔を伏せる。

そんな白石の肩を、千歳が優しく叩いた。


「我慢することなか。今まで、えらいいっぱい我慢してきたんやけん。」


「うっ・・・ち・・・とせっ・・・」


「今日はいっぱい、泣いてよか。それのがすっきりするばい。」




白石は、保健室のシーツに顔をうずめて、しばらく泣いた。


思えば、2年の時からシングルス1を担い、部長に選出されて。
その頃から、ずっと白石は部員の前で『完璧』で居続けたのだ。
辛いことも、苦しいことも飲み込んで。
弱った姿は決して他の部員に見せないで。


心にため込んだ辛さ、苦しさをを洗い流すように、

涙はずっと瞳から流れ続けた。






「ふっ・・・う・・・」


しばらくして、白石が落ち着いてきた頃。

千歳は、声をかけた。


「白石。お仕置き途中たい。」


「へ?・・・・・・あぁ、そうか・・・。

嫌なこと思い出させんといて欲しかったわ・・・」


せっかく泣いてすっきりしたのに、と白石は溜息をつく。
ここで終わりにしてくれていいのに・・・と、少し千歳を恨めしく思う。


「反省したと?」


「あぁ。十分。」


「なら、言うことは?」


「あー・・・」


答えは分かっている。だって、それは自分がいつも言わせる言葉。
だが、自分が言うとなるとやはり気恥ずかしい。
それでも、自分の為にここまでしてくれた千歳に対して、

言わないわけにはいかない。

白石は一瞬黙って、それからはっきり言った。


「千歳・・・・・・ごめんなさい。」


「ん。さすが白石やね。そしたら、3回。」


「あぁ。」


仕上げの3発に備えて、白石が体に力を入れる。

そこへ、今日最強の3発が降ってきた。


バチィィンッ バチィィィンッ バッチィィィンッ


「うぁっ・・・いぃっ・・・ったぁぁぁっ!」



これにて、白石のお仕置きは終了したのだった。





「千歳・・・」


終わった後、少しお尻を冷やして身支度を整え、

荷物を取りに2人で部室に戻ったとき。

白石は千歳を不意に呼んだ。


「ん? 何ね?」


「・・・おおきに。嫌やったろ? 俺なんかお仕置きするの・・・」


お仕置きは、する方も辛い。

それは、普段する側である白石自身が十分分かっていた。
ましてや、同学年の自分をするのは、千歳だって複雑だったはずだ。


「・・・まぁ、そーやね。だけん、白石はいつでんやってるやろ?
そいに、白石楽になったみたいやけん、やって良かったばい。」


千歳は白石を見てニコッと微笑む。


「あぁ・・・めっちゃ痛かったけどな。お仕置きされて、俺も良かったわ。
あのままやったら、また同じ事繰り返してたやろし。」


「せやね。・・・まぁ、また必要になったらいつでも言うて。」


「いらん、もう絶対いらん。

今日は必要やったと思うけど、

いくらなんでも千歳、痛すぎるわ・・・(苦笑)」


白石がそう言うと、2人は顔を見合わせて笑うのだった。