

「ふーっ・・・」
日誌を閉じ、一息つく白石。
窓の外は日も完全に落ち、真っ暗になっていた。
今日は、今週末の練習試合のことで
顧問の渡邉と長いこと話し込んでしまった。
そこから自分の練習をして、
溜まっていた事務仕事をして日誌を書いて・・・気づけばこんな時間。
帰り支度をしないと・・・と白石が立ち上がったとき、
ちょうど部室のドアが開き、千歳が入ってきた。
「千歳・・・」
「なんや、白石。まだいたと?」
千歳は、自主練終わりのようだった。
もう部活を終わってから2時間近く経つのに、
練習熱心なことだ、と白石は苦笑する。
「あぁ、いろいろやらなあかんこと溜めてしもてな。今やっと片付いたとこや。」
伸びをする白石を見て、千歳が少し心配そうに言う。
「白石。最近、無理しすぎじゃなか? 練習試合も続いとるし・・・」
普段でも他校からの練習試合の申し込みが多い四天宝寺だが、
ここ最近は特に多い。
特にここ1ヶ月ほどは、ほぼ毎週のように練習試合を行っていた。
やり過ぎもよくないが、レギュラーは実践的な試合をしたがる者も多いし、
練習試合では、
実際の試合ではあまりチャンスが巡ってこない控え選手にも
多く試合を回してやれる。
そんなわけで、白石は比較的積極的に練習試合の申し込みを引き受けていた。
が、そうなれば当然部長である白石の負担は増える。
オーダーを決めたり、顧問と話し合ったり、相手校と連絡を取ったり・・・
ただでさえ、四天宝寺のテニス部員はレギュラーをはじめ、
キャラの濃いメンバーが多い。
それを普段まとめ上げるだけでも大変なのだ。
それに加えてテニスの練習。特に白石は練習量が多い。
さらに、中学生なのだから勉強だってある。
普通の人間なら、とても手が回らないだろう。
それをこなしてしまうのが、「聖書」「完璧」と形容される白石なのだが。
それにしても、確かに忙しい。
正直、なかなかきつい状態にあるのも事実だ。
だが、白石は他人に弱みを見せることはしない。
「平気やって。これぐらい。」
その言葉を聞いて、千歳は溜息をつく。
「そう言うと思ったとよ。
だけん、無理し過ぎはいかん。一番大事なんは体ばい。」
「そんな心配せんと。俺は大丈夫やから。」
平気に振る舞う白石だが、千歳はなおも言う。
「辛くなりよったら言うてな。倒れたりしたら一大事ばい。」
「大丈夫やって。千歳こそ、こんな遅くまで練習して、ちゃんと体休めや。」
「そいはこっちの台詞ばい。白石こそ、ちゃんと休んでくれんね。」
「分かってるわ。ほな、また明日な。」
千歳の言葉に、白石はヒラヒラ手を振って、部室を出て行った。
残された千歳はまた溜息。
「ほんまに・・・分かっとるのかね・・・」
一方、部室を出た白石は。
「あかんなぁ・・・そんな疲れて見えるんかな、俺・・・。
・・・って、あかんあかん。
とりあえず、今週末の練習試合までは、気合い入れていかんと。」
頬を叩いて、気合いを入れ直す白石。
仲間に心配はかけられない、
自分は「完璧」でなくてはならない、その一心だった。
週末の練習試合は、四天宝寺で行われた。
無事終了し、今は部員総出でコート整備や片付けを行っている。
白石も、皆に混ざって片付けていた。
しかし、ずーっと張り詰めていた気が緩んだからか、
過労がピークだったのか、あるいはその両方か。
突然、その瞬間は訪れた。
「っ・・・!?」
「白石っ・・・? おい、白石! しっかりせぇ!」
白石が、突然倒れた。
そばにいた謙也が血相を変えて呼びかけるが、返事はない。
「あかんっ・・・オサムちゃん呼んでっ!」
部員全員が騒然となる。
後は片付けだけとなっていたので、
顧問の渡邉は職員室に戻ってしまっている。
慌てている部員を見て、千歳が白石に駆け寄った。
「まだ校舎は開いとるやろ。俺が白石、保健室まで運ぶけん、
謙也はオサムちゃんに一応知らせてくれんね。
小石川は、ここの片付け終わったら解散させて。」
「あ、あぁ・・・」
「分かった。」
普段、あまり率先して仕切ることはない千歳の様子に、
少し驚きながらも、謙也と小石川が頷き、謙也は職員室へ走る。
小石川が指示を出して、
部員たちは心配そうにしながらも、また片付けに散らばる。
千歳はそれを見届けて、白石をひょいと抱き上げた。
長身の千歳からすれば、造作もないこと。
しかし、それでもまだ白石は目を覚まさない。
そんな2人を心配そうに見つめる部員が1人。
「千歳・・・」
「金ちゃん・・・」
「白石・・・大丈夫なん?」
不安そうな目で、千歳を見つめる金太郎。
やはり、いつも面倒を見てもらっている白石のことが心配なようだ。
「大丈夫ばい。ちょこっと頑張りすぎなだけやけん、休めばすぐ良くなるたい。」
「ほんま・・・?」
「あぁ。」
心配そうに見送る金太郎の視線を受けながら、
千歳は白石を抱えて保健室へ向かったのだった。