「・・・さて。財前。」
「っ・・・何ですか。」
ついに自分に話を振られ、
財前はいつものクールな態度を装うも、心なしか声がうわずる。
「何ですか、やあらへん。言うたよな? 次やったら俺もほんまに怒る、て。」
「あー・・・はい。」
すっとぼけてみようかとも思ったが、
白石にジッと見られると、誤魔化してもすぐばれる気がして、
財前は仕方なく頷いた。
「ふぅ・・・ なら、分かるな? さっきの謙也、見てたやろ?」
「・・・・・・見てません。」
「ん? あぁ、下向いとったからやろ?
しょーもない屁理屈言わんでえぇねん、
実際に見ぃひんでも何しとったかは分かるやろ?」
「・・・・・・」
「謙也はまぁ、財前に巻き込まれた感じやったから、軽くすましたけど・・・」
「(ほんなら叩かなかったらええやん・・・)」
先輩同士のお仕置きシーンになんて遭遇したくなかった・・・と
財前は心の中で文句を言う。
「財前はそう簡単に終わらんで?
ここ最近の態度の理由、ちゃんと話して、
ほんで反省するまで膝から下ろさへんからな。」
お仕置き初経験の財前にとって信じがたい言葉が白石の口から飛び出した。
「はっ!? 膝!?」
「あぁ。何や、不満か?」
「不満に決まっとるやないですかっ・・・そんなん・・・」
「そんなん・・・何や?」
「そんなん・・・遠山だけっ・・・・・っ・・・・ちょっ、部長!」
白石が、財前の腕を掴んで引っ張り、
自分は財前が数十分前まで寝転がっていたベンチに座る。
そして、腕を引っ張られ、
必然的にベンチのそばまで連れてこられた財前を膝に引き倒そうとした。
「やめてくださいっ」
すんでの所で手を振り払った財前。珍しく声を荒げた。
しかし、財前を見つめる白石の視線はより厳しいものに変わる。
「理由もちゃんと言わんと、
だんまり決め込んでるなんて金ちゃんよりタチ悪いで?
・・・まぁ、何言おうとお仕置きするんは決定事項やけどな。」
「何勝手に・・・うわっ」
再度引っ張られ、今度はめいっぱいの力だったのか、財前も抵抗できず、
そのまま白石の膝に倒れ込んだ。
焦って起き上がろうと腕を突っ張ろうとするが、時すでに遅し。
白石の強い力で腕ごと押さえつけられ、完全に身動きがとれなくなってしまった。
細身の白石だが、
「聖書」とまで呼ばれるパーフェクトテニスを展開する体は伊達じゃない。
無駄のない筋肉、その力はかなりのものだ。
「全く・・・あんまり手焼かさんといて。」
そう言って、ついに白石の手が・・・ジャージと下着にかかった。
さすがにこれはマズイ、と財前は焦るが、
両腕を押さえられているこの状況下では上手く抵抗できない。
ある程度は暴れるが、
いつも暴れるなんてもんじゃない金太郎を相手にしている白石にとっては慣れたもの。
あっさり下ろされてしまった。
「(最悪や・・・)・・・・」
あまりのことに、黙り込んで俯く財前。
ただ、耳が真っ赤に染まり、それが財前が感じている恥ずかしさを物語っている。
・・・しかし、本当の試練はここからだった。
「ほな、行くで。」
白石の一言。そしてその後振り下ろされた平手は・・・
バッシィィィィンッ
「っくぅぅっ・・・(あかん・・・ 思ったより痛い・・・)」
これでは無言を貫くなんて無理そうだ、と財前は早々に悟った。
しかも、先ほどの様子だと
白石は自分が洗いざらい話さない限りは終わってくれそうにない。
だからと言って、白石がバテるまで耐え抜くのは不可能だ。
バシィィンッ バシィィンッ バシィィィンッ バシィィィンッ バシィィィィンッ
「んっ・・・ったぁ・・・うぁっ・・・」
「なぁ、なんでサボったん? 理由言ってくれな俺としてもどうしようもないで?」
「何もないて・・・言うてるやないですか・・・」
バシィィンッ バシィィンッ バシィィィンッ バシィィィンッ バシィィィィンッ
「いっつ・・・うぅっ・・・ぁっ・・・」
「せやかて、このままずーっとサボられたらかなわんわ。
俺らに理由があるんやったらちゃんと聞くで?」
「っ・・・言いたないんです・・・」
バシィィンッ バシィィンッ バシィィィンッ バシィィィンッ バシィィィィンッ
「いぁっ・・・くっ・・・・ってぇ・・・」
それからも、財前は頑なに意地を張った。
50発ちょうど。
尻もだいぶ赤みを増してきたというのに、口を閉ざして黙りを決めこむ。
そんな様子の財前に、仕方なく白石はため息をついて言った。
「ふぅ・・・ そんな言いたないんならしゃーないか・・・。」
「(終わり・・・か?)」
その白石の言葉に、財前が少し反応する。・・・が、そう甘くはなかった。
「まぁ、あんまり無理に言わせて余計傷つかれたらかなわんから、
追求はここらでやめとくわ。
けど、遅れるときはちゃんと連絡せぇって言ったんを
聞いてへん、とは言わさへんで?」
「う・・・」
「今まで無断だった分、あと30な。」
「なっ・・・」
ビシィィィンッ
「うぁぁっ・・・いったっ・・・」
明らかに質の変わった痛み。
白石がよりスナップをきかせた叩き方に変えたせいで、
痛みは鋭く、ピンポイントの切るような痛みに変わった。
今までの広面積を叩く打ち下ろす平手も痛かったが、
また違った痛みが財前の尻を襲う。
ビシィィンッ ビシィィンッ ビシィィンッ ビシィィンッ
「いったっ・・・・ちょっ・・・ぶちょっ・・・それなしっ・・・」
「ん? 何や? 理由言う気になったん?」
「ちゃいます! それ痛い言うてるんですわ!」
・・・この期に及んでまだこう強気に出れるのは財前ならではというところか。
白石もサラッと返す。
「そら、痛くしてるからな。ちゃんと反省しぃや。」
「うっ・・・」
財前の顔が苦虫を噛み潰したように歪む。
そして、また平手が振りあがった・・・。
「ハァハァハァ・・・」
財前の息はあがっていた。
なるべく悲鳴を上げないよう息を詰めていたせいだ。
「さて・・・今ので30やけど。」
「・・・終わりやないんですか。」
いつまで経っても白石は拘束の手をゆるめようとしない。
財前が不審そうに振り返ると、
白石がまたサラッととんでもないことを言ってのけた。
「財前。『ごめんなさい』は?」
「・・・はい?」
「『ごめんなさい』言うたら、仕上げの3発で終わったるわ。」
「嫌ですよ! そんなん・・・ってかまだ叩く気ですか!?」
「『ごめんなさい』言わせて、仕上げの3発。
膝の上でお仕置きするときはいつもそうするって決めてんねん。」
「何ルールですか、それ・・・」
「まぁ、金ちゃん以外やと財前が初めてやけど。
・・・さすがに同学年膝の上でお仕置きはできへんから・・・
千歳とか体格的に無理やし、
小春やユウジなんて下手にやったら俺が殺されてまうし・・・
銀さんとかまずお仕置きする理由がないし。
謙也は・・・できひんことはないけど・・・」
「ハァ・・・言いませんよ、そんなん。恥ずかしい。」
「・・・せやったら10発後にもっぺん聞くわ。・・・ほな。」
とかるーく言って、また白石が平手を振り上げようとしたので、
財前は慌てて制止した。
「ちょ、ちょっと待ってください、どっちにしろ叩くんですか!?」
「せやで? 『ごめんなさい』言わんと終わられへんもん。」
「・・・『すみません』じゃあかん・・・」
「あかん。」
「っ・・・」
今言わなくても言ってもどっちにしろ叩かれるなら、
ここで言ってさっさと仕上げの3発を受ける方が効率的だと
頭の中では分かっていても、プライドがそれを邪魔する。
頭の『ご』と言う音を出そうと、口の形まで作ってみるも音にならない。
待ちかねた白石が
「ふぅ・・・10発行くで?」
と声をかけると、
「ちょっ・・・」
とまた財前が制止する。こんなことを2回続けて、そしてようやく・・・
「ご・・・ごっ・・・・ごめん・・・なさい・・・」
最後の方は消えてよく聞き取れないような言い方ながらも、やっと言った。
白石も、財前のプライドの高さから考えてこれで十分だと判断したのか、
「よっしゃ、それなら3発な。歯食いしばっとき。」
と言って・・・
バシィィィンッ バシィィィンッ バシィィィィンッ
「ったぁぁぁっ・・・」
と仕上げの3発を打ち込んだ。
・・・・ようやく、財前の初めてのお仕置き体験は幕を閉じたのだ。
日も暮れかけ、屋上から夕日が見える。
やっと解放されて、
格好を整えた財前は、黙ってそれを待っていた白石にボソッと言った。
「・・・ただの・・・」
「ん?」
「・・・ただのヤキモチですわ。たぶん・・・それで苛ついてたん思います。」
「・・・ヤキモチ? サボりの理由がか?」
「・・・・・・・・・最近、謙也さん、遠山と乱打ばっかりしてはるから。
最初はなんだか分からん苛つきやったんですけど、
考えてもそれしか思い浮かばへんし・・・」
「・・・・」
白石は一瞬、キョトンとし、そして数秒後。
「アッハハハハハハハハッ」
大爆笑だった。
あまりにも笑われて、財前はやはり言ったことを後悔したのか、
「せやから言うの嫌だったんですわ、恥ずかしい・・・」
と、白石から顔を背ける。
「スマンスマン、・・・せやな、言われてみればそうや。
それに、今度の練習試合もペア替えで金ちゃんと謙也組ませてみるって
言われてたしな・・・」
1年からダブルスをするときに組むのはほとんど謙也だった財前。
そうなると、乱打の相手も謙也がほとんど務めることが多くなっていく。
必然的にレギュラーの中でも一番仲良くなるし、
自分のペアだ、という意識も自然と生まれる。
それをいきなり崩されて、
割と柔軟な謙也はそれにすぐ対応もできたが、
割と頑固なところもある財前はなかなかそれを受け入れられなかったのだろう。
「まぁ、そんだけ大事な相方いるんは幸せなことやな。
俺はあんまりダブルスせぇへんから、そーいうのうらやましいで?」
「・・・そうですか?」
白石は2年の時から部長でシングルス1を担っていたこともあって、
ダブルス経験はレギュラーの中でも極端に少ない。
「ほな、相方に言いにいかんとな。
浮気なんてせんと俺の相手してください、って。」
「なっ・・・/// そんなん言えるわけないやないですか!」
あまりにもストレートな白石の物言いに、珍しく顔を赤らめる財前。
「ええやん、ユウジや小春はいつも言うてるで?」
「あの2人は特別です・・・」
「・・・まぁ、オサムちゃんには俺から言うとくから、謙也とペア組めや。」
「・・・え・・・」
「もともと金ちゃんは試合できれば何だってええんやし、
オサムちゃんもペア替えそこまで深く考えてやってることでもないみたいやしな。
だいいち、『ペア替えなんて冗談じゃない』って
もうユウジがすでに直談判して小春とのペアに戻したし。」
「ハハハ・・・・(汗)」
「ほら、そうと決まったらコート行くで! まだちょっと時間あるしな。」
白石がベンチから立ち上がり、腕時計を見ながら言う。
財前も素直にそれに従った。
「・・・はい。ありがとうございます。」
「お、珍しいやん。財前が感謝するなんて。」
「そうですか?」
この数分後、忍足・財前ペアは見事復活したのだった。
財前の無断サボリも無くなったのだった。