「はーっ・・・やっぱここか。光。」
「っ・・・謙也さん・・・」
謙也が真っ先に向かったのは屋上。
そしてその予想は的中し、
屋上には、ベンチに仰向けに寝転がっている財前がいた。
謙也に名前を呼ばれ、
上半身を起こして目をしばたたかせながら、その先輩の名前を呼ぶ。
「なんで・・・?」
「白石に探して来い、言われてな。
白石はオサムちゃんと打ち合わせで探されへん、って言うて。」
「・・・あぁ、部長が・・・・・・・・・・・・そうですか。」
財前は謙也から目をそらし、起き上がってベンチに座り直す。
「・・・光。何かあったん?」
俯いたまま何も話さず、立ち上がろうともしない後輩に声をかける。
「何かって?」
「最近、光がサボりがちやから理由聞いてくれ、て白石に言われてな。
そーいえばここんところ光の姿あんまり見ぃひんなって思ったし・・・」
「・・・・・・」
「光?」
また黙りこくってしまう後輩。
元々口数の多いタイプではないが・・・
「・・・別に。何でもないっスわ。」
「・・・何や、それ。」
「ええやないですか、何もないんやから。」
「そうゆうてもなぁ・・・」
財前は必要以上に自分の内面に踏み込まれるのを嫌う。
入部当初からよくペアを組んでいて、財前のことが分かる謙也だからこそ、
それ以上詮索しようにも躊躇われた。
財前が「何でもない」と言うのは拒否のサイン。
これ以上執拗に尋ねても、余計に財前を不機嫌にするだけだ。
「・・・」
謙也が悩んで黙りこくってしまうと、財前がスッと立ち上がった。
そして、謙也の腕を掴んで言う。
「謙也さん、一緒にサボりましょ。」
「はぁっ!?」
突然そんなことを言われて謙也は目を丸くする。
しかし、財前は気にもとめず、
屋上の床に座ると、そのまま謙也の腕を引っ張って謙也も座らせる。
そして、自分は仰向けになって寝ころんでしまった。
「光。」
「ん~?」
「部活行かへんの?」
「今サボる言うたやないですか。」
「いや、俺はサボるて決めてへんし。」
「ええやないですか。
謙也さん、俺迎えに来てからもう15分も経ってますし、
二人ともどっちにしろ部長にどやされるんやから。」
「なっ・・・」
確かに。
なんやかんやと話をはぐらかす財前に付き合ってたら、
いつの間にか時間が経っていた。
「せ、せやったらよけい急いで行かんとまずいっちゅー話やろ?」
「何で。どーせどやされるんやったらサボった方が得やないですか。
今行ったらどやされた上に最悪な気分で部活やるんですよ?
そんなん嫌ですわ。」
「どやされるんやったら最小限の方がええとか普通思わん?」
「どっちにしたってどやされるやないですか。」
「せやけど・・・あ。」
その時、謙也は思い出したように言った。
「白石が・・・『覚悟しときや』って。」
「俺にっスか? あー・・・」
「なぁ・・・白石に何か言われてたん違う?」
「次サボったらほんまに怒るで、って言うてはりましたけど・・・」
「・・・・・・光・・・それ相当マズイんちゃう? やっぱり・・・」
「行きませんて。謙也さんも頑固やなぁ・・・」
2人が押し問答をしているとき。
ついにこの人が来てしまった。
「やーっぱり流されてるやん、謙也・・・」
「げっ・・・」
「うわ・・・」
なかなか帰ってこない謙也に業を煮やした、白石だった。
「で? 財前と仲良くサボりか?」
「いや、ちゃうねん、これは・・・せ、せや。
光がサボった理由も言わへんし、
部活に行こうともせぇへんから説得してたっちゅう話や。」
「説得に時間かかり過ぎや。見事に流されてるなぁ。」
「悪かった・・・」
腕組みをして苦言を呈す白石。同学年にも容赦ない。
「まぁ・・・主犯やないしな。ええか。謙也。そこの壁に手ぇついて。」
「う・・・」
謙也が唇を噛んで、それでも逆らうことはできず、素直に壁に手をつく。
そして、その横に白石が立った。
「・・・」
財前は無言でその様子を見つめていたが、
ここまで展開が進めば、
四天宝寺のテニス部員なら誰だってこの後どうなるか分かる。
だが、財前は金太郎以外がそうされるところに遭遇するのは初めてだし、
(しかもやる方もやられる方も先輩)
しかもこの流れで謙也まで叩かれるということは、
謙也の白石からの言づて『覚悟しときや』も含めて考えると・・・
「(絶対俺もやられるやん・・・ しかもこの状況どうしろと・・・)」
しかし、この状況で謙也を置いて逃げ出すなんて選択はいくら何でもできない。
仕方なく、財前は下を向いてとりあえずその場面を見ないように努力することにした。
耳もふさごうかとも考えたが、
さすがにそこまでしている自分の図を想像すると情けなくて、俯くだけにした。
「流されたらあかん言うたやん。」
「ごめん・・・」
「ふぅ・・・5発な。」
「・・・分かった・・・」
白石はやると言ったらやる。
こうなってしまった以上、受け入れるしか道はないと知っている謙也は、そう返事した。
そして、その返事から一拍おいて。
バシィィンッ バシィィンッ バシィィィンッ バシィィンッ バッシィィンッ
「ったぁぁっ・・・」
強烈な平手が5発、連続で降ってきた。
いくらジャージの上からとはいえ、
毎日鍛えている、無駄のない筋肉を持つ白石の腕から繰り出される平手は痛い。
十分すぎるくらい痛い。
謙也はうめき声をあげた。
「ええよ。謙也は先に部活行っとき。」
そして、何事もなかったかのように白石がサラッと謙也に促す。
「・・・俺はこっちの困った後輩の相手せぇへんとあかんから。
あ、出てくときそこのドア鍵閉めといてな? 内側からも閉められるから。」
財前をチラッと横目で見て、そう言って。
「・・・分かった。」
謙也もチラッと心配そうに財前を見ながら、屋上を出て行った。