見事エスケープを果たした5人だが、
「さすがに5人で集まって出かけたりすると
万が一のことがあるから」と、
各自の家で過ごすことに決まっていた。
惣一と夜須斗とつばめは惣一の家で合流することにし、
仁絵と洲矢は自分の家でダラダラすることに。
一番最初に早退した仁絵は、
家に帰ってから、録り溜めていたテレビ番組を見たり、
マンガを読んだりして過ごしていた。
昔は家でいやというほどこうして過ごしていたが、
風丘宅に移ってからはなんだかんだで風丘がかまってくるので、
1人でこうしてダラダラするのは久しぶり。
そのため、特に「暇でしょうがない」ということもなく、そこそこ満喫していた。
自分の部屋で、寝っ転がってマンガを読んでいたとき。
ふいに、仁絵の携帯が鳴った。
ピリリリ ピリリリ
ピッ
「もしもし?」
「おー、仁絵? 無事全員エスケープ完了したから、報告ってことで。」
電話の主は、惣一だった。
「ふーん。良かったじゃん。それで? そっちは3人?」
「おう! 洲矢は自分の家じゃね?
仁絵も来るか? 今ゲームやってんだけど。」
「遠慮しとく。」
「そうかー?」
呑気な惣一の声。
思えば、ここで電話を切れば良かったのだ。
だが、上手くいった高揚感からか、注射を逃れた安心感からか、
惣一や、替わったつばめがいつも以上によく喋る。
仁絵も1人を満喫していたものの、話すのもまんざらでもないのか、
切らずに話を聞いて、相づちを打っている。
両者、話に花が咲き、夢中になっているとき。
突然、その楽しい時間は終わりを告げた。
「ふーん・・・そういうこと。」
「っ!?」
ピッ
仁絵は反射的に電話の切ボタンを押す。
振り返りたくない。
だって背後から聞こえる声の主は・・・
「柳宮寺。待ってるから、覚悟決めたらリビングにおいで。5分以内ね。」
そう告げられ、ドアが閉められ、足音が遠ざかる。
仁絵は、これから起こることを思うと、目眩がしそうになった。
いっそ、ここで本当に倒れたい気分だ。
「マジかよ・・・名字呼びだったし・・・
つーかなんでこんな時間に帰ってくんの!?」
時刻は午後4時半。
夜須斗が職員室の連絡ボードを見て仕入れてきた会議終了予定時刻は午後5時半。
いくら会議が早まっても、1時間も早くなるはずがない。
仁絵は軽くパニックを起こしながらも、
携帯を開いて、即座にメールを打つ。
『俺はたぶんバレた。覚悟しとけ。最悪の可能性有り。』
4人に一斉送信。
その後、しばし呆然としていたが、
風丘に「5分以内」と言われたことを思い出し、
オーバーすれば、恐らくもっとひどくなる、そう思って、
仁絵は、息を整え、意を決してリビングへ向かう為部屋を出た。
「あの・・・」
恐る恐るリビングに入ると、目に入ったのはソファに座った風丘の姿。
「こっちおいで。」
「っ・・・」
逆らえず、風丘の前に立つ。
「説明してごらん。」
目をのぞき込まれ、風丘にそう言われるも、仁絵は気まずさからか目をそらす。
「どーせ聞いてたんだろ。分かってるくせに聞くんじゃねーよ・・・」
「・・・ふーん。・・・そう。じゃあ、俺から言わせてもらおっかなー」
仁絵の悪態に、風丘は一瞬険しい目をするも、すぐにいつもの調子に戻る。
「今、雨澤先生に電話で確認とったんだけど。
今日の予防注射、5人とも受けてないよね?」
「っ・・・」
終わった・・・ 仁絵は心の中で天を仰いだ。
「柳宮寺。今から30分以内に他の4人をここに連れてきて。」
「はぁ?」
「もし時間オーバーしたら・・・柳宮寺も他の4人も大変なことになっちゃうよ?」
「っ・・・」
最後に微笑みながら言われた一言が恐ろしすぎて。
仁絵は慌てて部屋に戻って携帯を取り、玄関を飛び出していった。
「最悪・・・なんでバレたんだよ・・・」
家を出た後、4人に再度連絡を入れ、
洲矢の家、惣一の家とまわって4人を迎えに行き、
今は風丘の家に戻る途中。
惣一が暗い顔で溜息をついている。
連れて行くのだって、惣一とつばめは散々嫌がって大変だったのだ。
「タイミングが悪かったんだろ。諦めろ・・・」
夜須斗も同じく暗い顔。
つばめがうぅ・・・とうなりながら言う。
「なんで帰ってくるわけ? 夜須斗、会議5時半までって言ったじゃん!」
「俺にあたんないでよ。
そのはずだったんだけどね・・・。ほんとに、なんで帰ったんだろ・・・」
5人は足取り重く、風丘の家にたどり着いた。
仁絵が移り住んでからも、遊びに行くことはなかったため、
まさか、こんな展開で初めて担任の家に来ることになるとは思っていなかった。
仁絵が玄関を開けると、そこには見慣れない靴が1足。
「っ・・・まさかっ・・・」
仁絵が、靴を脱ぎ捨て、駆け出し、リビングに続くドアを開け、そして立ち尽くす。
「どうしたの? ひーくん・・・」
洲矢が不思議そうに声をかける。
が、仁絵はそれには答えず、悪態をついた。
「っ・・・なんでてめーがいんだよ!」
仁絵の声に、4人も靴を脱いでリビングを覗く。
すると、そこにいたのは・・・
「っ・・・雲居っ・・・」
「よぉ、あいかわらずしょーもないことしよるなぁ」
のんびりソファに座ってくつろいでいる、雲居だった。
「26分・・・ギリギリセーフだね。はい、5人ともここに来て、気をつけ。」
隣に座っていた風丘が、ソファの前を指さして言う。
さすがにここで反抗する勇気はないのか、
反抗したらどうなるか分かってしまうからか、5人は素直に並ぶ。
「えーと? 柳宮寺は完全に仮病だよね。
それで、佐土原も体調不良で早退だったはずだけど・・・」
風丘がチラッと洲矢を見ると、洲矢は仁絵の隣で縮こまって俯いている。
こういう場面で、
はぐらかしたり取り繕ったりしようとするほどの図太さを洲矢は持ち合わせていない。
「先生・・・ごめんなさい・・・」
「・・・仮病か。
で、新堂は、雨澤先生が保健室に来て、
調子悪そうだったから注射は止めさせたって言ってたけど・・・
大丈夫そうだね。 何? 何か使ったの?」
「っ・・・別にっ・・・あん時本気で調子悪かっただけだし! もう治ったんだよ!」
「ふーん?」
風丘は、意味ありげにそう言うと、夜須斗に目を移す。
「吉野。何入れ知恵したの?」
「何で俺っ・・・」
「こういうの計画するの大体吉野でしょー? 今回もそうだよね。きっと。
新堂に何させたの?」
「別に何もっ・・・」
「お尻叩かれながら無理矢理吐かされたいならそれでもいいけど。
でも、そしたらずっと物差しにするよ。」
「なっ!?」
「はぁっ!?」
あり得ない宣言に、2人が声をあげる。
そして顔を見合わせ、夜須斗が溜息をついて白状した。
「惣一、アルコール弱いんだよ。
だから、度数の強い洋酒使ったチョコレート食わせて・・・それで。」
「一時的に酔っぱらい状態にしたわけか。
全く、変なことにばーっかり頭が働くね。
だいたい、吉野はお祖父さんの看病するんじゃなかったの?」
「いや、じいちゃんが調子悪いのはほんとだしっ・・・」
夜須斗が言い逃れようとすると、雲居が口を挟んできた。
「ここ来る前に寄ったけど、たいしたことないって言うてたで。
つーか夜須斗1回も家帰ってへんって。」
「てめっ よけーなことっ・・・」
「吉野。」
「っ・・・そうだよ、嘘ついたよ。」
風丘に咎めるように名前を呼ばれ、夜須斗は渋々認めた。
「で。太刀川のプリントは大方吉野あたりの代筆だね。
全く、そろいもそろって・・・しかも理由が注射が嫌だとか・・・」
風丘は呆れたようにそう言いながら、立ち上がる。
「俺の部屋で、1人ずつお仕置きね。
で、お仕置きの前に、光矢に少しお仕置きされて、
それから予防注射、持ってきてもらったからちゃんとしてもらうこと。」
「なんで!? 最悪っ・・・意味ないじゃんっ」
つばめが声をあげる。お仕置きはされても、予防注射は回避したかったのに。
「どーせいつかは受けなあかんねんて。」
「そういうこと。
順番は・・・そうだね。太刀川、新堂、佐土原、吉野、柳宮寺でいこうか。
終わったら、今日はアフターケア無し。そのまま家に帰ること。いいね?」
「「「「「・・・」」」」」
「お返事は?(ニッコリ)」
「「「「「はーい・・・」」」」」
「じゃあ、光矢、ここはよろしくね。
お仕置き終わったら、携帯1コール分鳴らすから。
部屋は、この部屋出て、玄関にある階段上がって、一番手前の部屋。
ドアは開けとくね。」
そう言って、風丘は出て行った。