そして、その日の夜。
仁絵は、家に帰って、
夜須斗の指示通り、具合の悪さを風丘に臭わせた。
夕食後、仁絵は風丘にこう言った。
もちろん、夕食はいつもより少し少なめに食べて。
「あ~・・・風丘、ごめん、俺もう寝る・・・
風呂いいわ、シャワーだけ浴びる。」
「え? どうしたの? まだ調子戻らない?」
「へーき。ちょっとだるいのと頭痛いのがあるだけだから。
おやすみ・・・」
「そう・・・分かった。ゆっくり寝るんだよ。」
「あぁ・・・」
風丘が一瞬心配そうに顔を曇らせたが、
風呂場に向かっていた仁絵にその顔は見えなかった。
その後、仁絵はシャワーだけ浴び、ベッドに入ったのだった。
翌朝も、まだ本調子じゃないフリをする。
「仁絵君? 大丈夫?」
「大丈夫・・・とりあえず、学校は行くわ。熱無いし・・・」
「そう? 駄目そうになったら、すぐに言って早退するんだよ。」
「了解・・・」
願い通りの展開に持ち込んで、仁絵は登校した。
登校したら、屋上に集合。
昨日、夜須斗はそう指示した。
指示通り、屋上に5人が集まる。
「仁絵。大丈夫か?」
「あぁ、たぶん・・・。
風丘の方から、やばくなったら早退しろって言ってきたし。」
「よし、仁絵はいいね。つばめは、これ。」
夜須斗は、一枚のプリントをつばめに手渡す。
「朝出さないでよ。
出し忘れた、とか言って放課後、直前に雨澤に渡しに行くこと。」
「了解!」
「惣一は昨日渡したチョコ、持ってる?」
「あぁ。」
「惣一も、放課後に行くこと。
俺は、適当なときに理由つけて、放課後エスケープするから。」
「おう!」
「よし。
いい? 分かってると思うけど、
いつも通り、一部の誰かが上手くいこうが失敗しようが・・・」
「「恨みっこ無し!」」
「うん。」「分かってる。」
夜須斗の言葉を引き継いで、惣一とつばめが元気よく宣言し、
それに洲矢と仁絵が相づちを打つ。
今までいくつも悪戯やその他いろんな悪さの計画を立ててきた5人だが、
仁絵が入る前、仁史がいた頃から、いつも決めていることがあった。
今回のように、5人が別行動をする場合、
一部のメンバーだけが上手くいって、一部が失敗する、ということも起こりうる。
そうなったとしても、『恨みっこ無し』、というものだった。
「よし、それじゃあ、これからは各自で。」
「おぅ」「了解!」「うん。」「りょーかい。」
そう言って、5人は屋上を後にした。
2時間目と3時間目の間の休み時間。まず、仁絵が行動を起こす。
職員室へ行き、風丘に告げた。
「風丘・・・やっぱダメそう・・・。帰っていい?」
「うん。いいよ。家の鍵持ってるね?
帰ってちゃんと寝てるんだよ?」
「あぁ・・・じゃあ・・・」
「お大事に。」
仁絵は、これで早退に成功した。
そして、計画通りに次々と事は運んでいった。
昼休みには、洲矢が保健室に行き、そのまま早退した。
洲矢が普段比較的マジメな生徒であることに加え、
洲矢は瞬時に目を潤ませられる、という知られざる(?)特技があったため、
潤んだ瞳で不調を訴えたので、
雨澤は全く疑わずに早退を許可したのだった。
ちなみに、この特技を使えと指示したのも夜須斗。
そして放課後、風丘が会議のために職員室に向かった後、
つばめが駆け込みでプリントを雨澤に提示し、受理された。
更に、惣一がチョコのアルコールを使って工作した体調不良は、
本気で顔が赤くなり、脈が速くなり、軽くふらつく、という症状が見られたため、
雨澤は疑う余地無く、というか雨澤の方から
「予防接種はやめておいた方がいいわね」という結論に達した。
そして夜須斗は、何と昼休みのうちに風丘に
「じいちゃんが調子悪くて、母さん今日は仕事休めなくて、
家に他に誰もいなくて心配だから帰る。注射は後で受けるから。」と言って、
許可にこぎ着けてしまったのだ。
ちなみに、夜須斗の祖父が体調を崩しているのは本当だが、
だからといって早く帰らなければならないほどの不調ではなかった。
こうして、5人全員が学校からのエスケープに成功したのである。