これは、風丘葉月が21歳、
国立星ヶ原大学の教育学部に入学して3年目の秋の話。
葉月には、妹が1人いた。
風丘花月(かざおか かづき)、17歳、星ヶ原高校の2年生だ。
花月は、
成績優秀だがイタズラグループのリーダーとしても有名だった葉月と違って、
根っからの優等生タイプだった。
小、中と生徒会役員を務め、成績は常にトップクラス。
運動神経も万能で、性格も誰にでも気取らず接して優しい。
おまけに、容姿は葉月と共に「美形兄妹」と言われるほどの美人。
葉月が高校時代に父親、大学入学直後に母親が亡くなり、
自宅から大学に通っている葉月と、高校生の花月は兄妹2人暮らしだった。
2人とも家事も得意で、学費も父親・母親共に良家の生まれで、
父親はエリート会社員でもあったため、遺産で十分まかなえていて、
2人で大した不自由もなく生活していた。
「・・・・・どうしよう・・・。」
花月は、教室でうつむいて悩んでいた。
手に持っているのは、
先程の朝のホームルームで配られた授業参観、懇談会、
そして・・・三者面談のお知らせのプリント。
花月には両親がいないため、
学校に提出する諸々の書類では保護者は兄の葉月となっている。
授業参観、懇談会は保護者が必ず来なければいけない、というものではなく、
結構来ない保護者も多いので問題はない。
問題は、三者面談だった。
葉月は教育学部の3年生で、今、教育実習の真っ最中なのだ。
1学期に行われたのは、2年になってからの様子などを話すだけで、
そこまで重要ではなさそうだったので、
すでに実習準備に入っていて毎日かけずり回っていた葉月には知らせることなく、
花月は担任に保護者は来れないと告げて、二者面談にしてもらっていた。
ただ、この2学期の三者面談は、特に花月が特進科であるため、
今後の進路の話や、冬休み前に迫る受験科目選択など、
今後に関わる大事なことを話し合うのだ。
1学期のように『重要ではない』とは言えない。
「でも・・・お兄ちゃん忙しそうだし・・・。」
教育実習真っ只中の葉月は、
毎晩遅い時間に帰宅し、夜もほとんど眠らないで作業をしている。
実習自体が終わっても、しばらくはレポート作成なんかで忙しい、と言っていた気もする。
「迷惑だよね、そんなときに・・・」
花月は周りから「花月ってお兄ちゃん子だよね~~」とかなり言われるくらい、
兄の葉月が大好きだった。
だからこそ、葉月に迷惑をかけたくなかった。
自分がいることで、葉月に不都合が生じるのはどうしても避けたかった。
「・・・・・・・・・・仕方ないよね。・・・・・私 、隠し事ばっかだな、最近・・・。」
実は、最近、テスト成績表に保護者がコメントと捺印が必要な時があったのだが、
花月は兄の筆跡を真似てコメントを書き
(花月も葉月と同じく、筆跡を似せることができた)、
判子を持ち出して判を押したのだ。
冷静に考えれば、一言コメントと捺印なんて大して時間をとるものでもなかったのが、
この時の花月にはそれすらも兄の手を煩わせることだと思えたのだった。
翌日。花月は早朝、職員室に行った。
「天道先生。」
「おう、なんだ。風丘。んな思い詰めた顔して。」
花月の担任、天道は30前半の熱血タイプの男性体育教師だ。
硬式テニス部の顧問で、高校時代の葉月を教えたこともあって、
花月が妹だと言ったときは
あまりにも素行が違いすぎるので飛び上がるほど驚いていた。
「あの・・・・昨日配られた授業参観と、懇談会と、三者面談のことで・・・」
「ん? なんだ、また風丘・・・ああ、兄貴のほうな。来られねぇーのか?」
「はい。あの・・・・今、教育実習中で・・・」
「うーん、風丘。せめて三者面談だけどーにかならないのか?
いくら何でも、進路選択決定の面談に保護者がいねぇってのはなぁ・・・
日程調整なら協力するし、お前の成績ならそう時間は・・・」
「だ、ダメなんですっっ」
「え?」
「ご、ごめんなさいっ」
「お、おい! 風丘!」
花月は天道に頭を下げると、そのまま職員室を駆けだしていってしまった。
しかし、この後、事態は花月の予想外の方向へ展開していくのだった。
ピリリリリリリ
「電話? はい、風丘です。」
実習先の学校の職員室で資料を読んでいた葉月は、
携帯のディスプレイを見て、学校からのものだと確認し、電話をとった。
「あー、風丘か? 俺だ、天道。」
「ああ、天道先生・・・って、それ、
担任が保護者に電話かける態度ですか?(苦笑)」
「お前も保護者らしくねーだろ、おあいこだ、おあいこ。」
葉月の受け持ちの体育教師は高校に行っても地田だったため、
体育を教わったことはないが、
部活の顧問で、どちらかというと生徒目線だった天道は、
よくからかっては叱られ、怒鳴られていたものの、
葉月が結構慕っていた教師の1人だった。
緊急連絡先を葉月の携帯にしていたため、かかってきたようだ。
「で? どうしたんですか?
まさか花月が俺みたいに何かやらかすことはないと思いますけど・・・。」
「いやな、風丘。お前・・・1日くらい空いてる日ねーのか?」
「・・・・・・はい?」
いきなり言われて、戸惑う葉月。
「『はい?』じゃねーよ、三面だ三面。
1学期もすっぽかして、2学期もダメなのかよ?
授業参観や懇談会は無理にとは言わねーが、
お前の妹は特進科の生徒だ、2学期の三面はつっこんだ進路や受験科目選択の・・・」
「ちょ、ちょっと待ってください、三面って・・・・何のことです?」
「はぁ? とぼけんなよ、もう2日も前にプリント配ったんだ。
妹から受け取っただろ?
今度の授業参観とクラス懇談会と三者面談のプリント。
んで、お前が教育実習で忙しくて来れねーって言うから
俺がこーやって電話をだなぁ・・・」
「先生・・・・俺、聞いてないんですけど。」
葉月の声がトーンダウンする。
天道も、それを聞いてポカンとする。
「・・・・・・・は?」
「来れないなんて言ってませんし、
そもそもお知らせ貰ってないんですけど・・・。」
戸惑ったような、しかし少しいらつきを含んだような声で葉月は言った。
「でも、お前の妹が昨日言いに来たんだぞ?
『兄は教育実習で忙しくて来れないから、また二者面談にしてください』ってよ。
お前、1学期も三者面談に来てねーし、せめて2学期はと・・・・」
かく言う天道も、そんなことを言われたところで状況が分からない。
「1学期の三者面談も知りませんけど・・・。」
「はぁ?? おいおい、何がどーなってんだよ、
お前の妹・・・花月がお前がそう伝えてくれって言ってたって・・・・」
「へぇ・・・・花月がねぇ・・・・。」
「・・・・おい? 風丘?」
一段とトーンダウンした葉月の声に、
天道はかつての教え子が軽くキレていることに感づいた。
そして、自分も少しずつこの状況をわかり始めた。
「(風丘・・・・兄貴に言わないで勝手に決めてたな・・・(汗)。
電話したの、まずかったか?(苦笑)
まぁ・・・しょうがないな、許せ、風丘。(汗))
で? 空いてる日とか希望の時間あれば聞くけど?」
「ああ、ちょっと待ってください・・・・・・・・・・・はい、そうですね。
・・はい、それでお願いします。」
「よし、じゃあそれで日程調整しとくな。
・・・・・・・・・・・・あんまり、叱りすぎるなよ。
あいつも、あいつなりに何か考えたんだろ。
少なくとも、保護者が来たら困るような素行・成績じゃないしな。」
「ええ、分かってます。それじゃあ、また。」
「おう。」
天道は、心の中で少し花月に対して
「悪いことしたかな」と思いつつ、葉月との電話を切った。