前々回記事の西武国分寺線小川駅での2031編成後は改札を出て東村山方の踏み切りで狙うことに。

 

 

まあ出陣がお昼過ぎなので、このアングルが逆光ですが諦めました(笑)。

 

 

高校時代は毎日通った路線でしたが、当時のブリジストンの工場との間では貨物輸送の跡が見られました。

 

 

記憶では昭和56年の高校入学当時は小川から工場までは直接の連絡線はなく一旦本線合流かと。

 

 

すなわち工場側は府中街道の踏切手前で下り本線と合流、そして小川駅構内で下り本線から分離と記憶します。

 

 

写真の手前の線路は小川駅構内で本線から分離した貨物線の跡かと。。。。。