茶道を始めたからと言って、直ぐに抹茶を点てることはできません。

それまでに、いろいろな道具の名前を覚えなければならないのはもちろん、初心者が苦戦する関門「帛紗捌き(さばき)」の儀式が待っています。


二回目のお稽古の日、先生からは、窓側に面した後ろの席で「はい、割稽古しましょうね,、Yちゃん、貴女が教えてね」と紹介されたその女性は、私より3つ年上のスレンダーで背が高く綺麗な女性でした。


割と落ち着いた年代の方が多い中にあって、フレッシュな印象もあり、とても嬉しくなりました。

先生から手取り足取りなんて、結構な重圧も感じていたからですが。

このYさんとの出会いと、彼女から手取り足取り教えてもらった基本は、他の誰よりも頭にも身体にも入りやすいものであったと今でも感じます。


帛紗は最初の折り方を間違えてしまうと後が大変なので、そこからスタートして、マジシャンのように正方形の🟥帛紗が、いろいろ形を変えて清めるための道具に変わっていきます。


どんなにお手本を見せていただいても、全然綺麗な形にならず、悪戦苦闘。

それでも、何度も何度も優しく一緒に丁寧に繰り返し教えて貰いました。

この形を綺麗にできるようになるまで、半年くらいかかったでしょうか。



それから、この折り込んだ帛紗で、抹茶が入っている棗を清め、茶を掬うための茶杓を清める




そうして、その後は、茶巾と呼ばれる茶碗専用の布巾で茶碗を拭き清めることや、水屋に下がって道具を仕込む方法など、本当にゆっくりと丁寧に教えてもらえたお陰で、スポンジが水を含むように、私の頭にすーっと入っていく感じを覚えました。


わぁーっと気持ちの広がり、茶道に入れたんだというのを感じたのでした。


この日は、それからまた皆さんの隣に座り、お辞儀をしてお菓子をいただき、お抹茶を美味しくいただいたのですが、次にお茶を点ててくれたのが、このYさん。

それまで何人かの方がお稽古を付けて貰っているのをじっと見ていた私でしたが、彼女の最初のお辞儀の仕方から、足捌き、茶の点て方が全然違ったのです。


同じことをしているはずなのに、まとっている空気感と言うのか、凛として隙はなく、それでいてゆったりとして、何より手先、身体の動きの美しいこと。みほれてしまいました。


あー、私はこの人で良かったと心から思い、この人のお点前を手本にして勉強しようと心に誓ったのです。彼女とはそれからしばらくして、私が別のクラスに変わったり、彼女自身も人生の岐路に立ったりして一緒のクラスで学ぶことはなくなっていくのですが、それでも年に一度、お正月の初釜で会い、彼女のお点前を拝見できるのは、いつも楽しみの一つになっていきました。


私はと言うと、その後のクラスの中に入ってからというもの、同世代が多かったこともあり、それまでよりグッと軽やかに、ある意味、少しルーズにもなったりしたものの、先生はある程度の事ができるようになると、それはそれは細かい部分を何度も指摘しつつお稽古をつけてくださったので、まぁ、何とか一通りできるようにはなって行ったように思います。


このクラスのメンバーは、全員仕事を持っていて、一人はデザイナー、一人は外資で働き、一人は学校の先生、他にも何人かいらしたのですが、結局、今日まで茶友として交流があるのは、Yさんを含めてこの4人。この頃には私も専業主婦から脱却して社会復帰を果たし、仕事と家庭生活と茶稽古の日々になっちいたのですが。


今日まで継続してこれた関係性は、それぞれの仕事は違っていても、独身だろうと結婚していようと、噂話、陰口、悪口が皆無だったこと。

それぞれを思いやり、それぞれを尊重できる人柄と何より[オトコマエ]な女達だったからなのですが、それぞれが帰路に立っても深入りはせず、話したいなら話し、聞いてあげる。

そんなスタンスが長年の絆になってきたようにも感じます。


まぁ、こうして第二回目の茶稽古から30年以上、この茶の湯の世界を生活の側におきながら歩んできました。


そうそう、初心者にとっての一番の苦行、それは足の痺れ。感覚が無くなる前に対処しなければ大変なことになります。

この足の痺れとの闘いも、不思議なことに徐々に痺れなくなっていくのですから、身体というものはちゃんとそれに対応していくものだと改めて認識もして。とはいえ、長く座ることから離れてしまうと、また痺れやすくなるのも当たり前でもあるのですけれども。


痺れの消し方、次回伝授いたしましょうか。