最近よく聞きますよね。

「AIに仕事が奪われる」
「ホワイトカラー消滅」
「人間はもう必要ない」

うーん。
本当でしょうか?

今日はこの辺を
ちょっとだけ上座仏教的に考えてみたいと思います^_^

まず前提として。

AIは恐ろしく優秀です。

・文書を書く
・絵を描く
・プログラムを書く
・医療診断を補助する
・投資判断をする

正直言って
人間より正確で速い分野がどんどん増えてます。

タイパ・コスパで言えば
人類完敗かもしれません(笑)

ではここで質問です。

「AIは苦しみますか?」

答えは

NO。

少なくとも今のところは。

ここがポイントだと思うのです。

人間の最大の特徴は

「苦しめる事」

なんですよね。

雑念に振り回され
過去を後悔し
未来を恐れ
怒り
嫉妬し
執着し

勝手に苦しむ(笑)

なんともまあ
コスパ最悪な存在です。

でもですね。

ここに

「心を奇麗にするチャンス」

があるわけです。

AIは煩悩を持ちません。
だから煩悩を超える事もありません。

AIは執着しません。
だから手放す喜びもありません。

AIは自我がありません。
だから自我を超越する感動もありません。

もし人間が

・効率
・正確性
・合理性

だけで価値を決めるのであれば、

確かにAIの下位互換になるでしょう。

でも

「苦しみを材料にして成長する」

これは人間専用機能です。

もしかすると

AIが発達すればするほど

人間は

「心の世界」に特化していくのかもしれません。

文明はAIが担当。
心の浄化は人間が担当。

役割分担ですね。

最後に。

もしAIに仕事を奪われたらどうするか?

簡単です。

「ドンとこい!」

どうせ

誰でも いつでも どこでも 超大変な人間道。

仕事が変わるだけです。

むしろ

心を磨く時間が増えるなら
それはそれでラッキーかもしれません^_^

結論。

AI時代に不要になるのは

「怠惰な自我」

であって

「心を奇麗にしようとする人間」

ではない。

私はそう思っています。

お読みいただき有難う御座いました。
 全ての縁起に感謝いたします。
  全ての生命が幸せでありますように。