清朝最後の最後の皇帝。そう、ラストエンペラーの愛新覚羅溥儀氏の弟の溥傑氏と旧公爵家の長女、嵯峨浩さんの長女であった、慧星さんとひとりの学生の死体が天城山で見つかったことで、天城山心中事件として取り上げられて、映画までになった。母親の愛新覚羅浩さんの著書「流転の王妃」の昭和史にも書かれているけど、そんな出来事を起こすような関係なのかな~と思った。時代の違いもあるけど、男の方の思いが強すぎただけで、心中じゃないと思った。心中は二人が同じ感情で同じ思いがないと、そして、納得しないとできないはず。父親の溥傑氏が中国政府から解放されると言うことで、やっと、日中友好のために働きたいと勉強していた、慧星さんが死ぬなんて思わないと感じていた。なかなかの美人で成績優秀で性格もよくて、おそらく、わけへだてなく、いろんな人と仲よくできる人のような気もしたから、巻きこまれてしまったように、本を読んで感じた。それが、先日のテレビ番組でわかった。どうも、この話を美談にしたかったから、警察やマスコミが死体をずらして写真を撮影したのでは?と言っていた。日本と言う国は、いつも、こんなことをしたがるのかな?あれから、60年も経っているのに、警察やマスコミは成長していないのかな?どうしても、真実をかえてでも報道したいのかな?と感じた。父親も母親も亡くなり、一人になってしまった、妹のこ(漢字がわかりません。)星さんの話では、戦前は公爵家だから、恵まれていた環境だったそうですが、戦後は没落したので、一般家庭と同じで貧困で食べるのも大変だったそうです。もし、この話が相手の学生が知っていたら、死ななくてもよかったかも知れないらしい。戦前の学習院と戦後の学習院では違っていて、一般家庭の人も入学することで、環境の変化もあったらしくて、それも原因があるような気がした。でも、今回のことで60年前の真実が垣間見えたのはよかったと思う。
これも、戦争がなければ起きなかったこと。元々、清朝最後の皇帝が日本軍の罠にかかってしまった形で、満州国ができて、日本軍が政略結婚をさせてしまった。それがなければ~と思ってしまった。平成も終わると昭和が遠くになってしまって、戦争に関係していることが忘れられないようにと思っている。