退院から1年以上経ってしまった。
体力は一時的に無くなったが、とくにトレーニングもしなくとも、普通に生きていればなんとなく入院前の体力にいつの間にか戻っていたように思う。
ただ、なんとなく気持ちが塞ぐことが多かったかもしれない。
退院直後こそ、この世の奇跡に感謝と思って、これからの人生を大切に生きようと誓った。
しばらくは、ICUでの極限状態の夜を思い出しては、今ある命に感謝と思いながら生きていた。
けれど、半年から1年くらいだろうか?
すっかり日常は戻り、色んなことが当たり前になると、些末なことで愚痴や文句は出るし、そんなに毎日幸せ幸せ言ってられない日々になってしまった。
これが幸せなのかもしれないが。
ただ、どうにもやる気が起きないことが多くなった。
絶対にしないといけないと思っていたことも、簡単にキャンセルするようになったかもしれない。
例えば、子供の学校行事で、参観日は出るが、その後の保護者会は意味が無いから出ない、みたいな感じ。
それまで、保護者会の後の懇親会みたいなものまで残って出ていたくらい、真面目な親だった。
PTAもやっていたし。
何故か今年は全くやる気が出ない。
私にとってあまり意味を感じなくなったのかも。
子供が頑張っている姿は見たいが、その後の先生のお話も、保護者親睦もあまり興味が持てない。
ママ友や友人関係も、お茶だのランチだの、どうでも良くなってしまった。
自分が誘わなければ誰からも誘われなかったのもなかなかにショックだったが。
ICUで昔の友人に会いたいと思ったけど、結局自分から連絡をすることもなく、誰にも合ってない。
人の集まりに出るのが少ししんどくなっているように思う。
ずっと心が疲れているような感じ。
退院半年後に、義理母から、入院中は何度か手伝いに行ったのに、なんのお礼も無かったと言われて、ああ、お礼っていうのは金銭や品物が高い物じゃないといけなかったのかと気付き、あわてて品物を贈ったりもしたが後の祭り。
死にかけて復活して盛り上がってたのは自分と夫だけで、義理母にとっては「してやったのにお礼が無かった」という出来事だったのかと。
この件も結構ボディーブローのようにじわじわきいてる。
実の親も1回顔を見に来ただけで、またなんの連絡も無い日々だし、誰も生きててくれてありがとうなんて言わないものだよ。
私が生きてても死んでても、みんな変わりない日常を送ってたんだなって気付いてしまったら、色んなことが意味を失う気がして。
誰かに会いたいけど声をかける勇気もなく、近所の人と天気の話をするくらいで、あんまり人と関われなくなっている。
なんていうか、表面的にはいつもの日常なんだけど、1回、世界観の裏側を見てしまったような感覚。
それと、奇跡的に助かったことに、意味を求めすぎてるのかもしれない。
夫や子供たちがいるから、この日常に戻れて良かったと思うけど、ずっと心が疲れている気がする。
ネットで検索してみると、
ICUでの重症治療後には、退院後も身体だけではなく、精神面に影響が残ることを「PICS(集中治療後症候群)」という。その中には、うつ、不安、PTSDなどが含まれ、しかも、そうした症状は退院後かなり長く続くことがある。(日本集中治療医学会)
まぁ、そういうことなのかなぁ。
ICUにいた時はそんなに痛いとか苦しいとか続いたわけでは無く、看護師さんたちにお任せだったから、そんなPTSDってことも無いと思うんだけど。
せっかく助かって、キラキラした志で生きようと思ったけど、現実はもともとそんなキラキラした生活でも人生でも無くて、究極、誰にとってもどうでもいい人だったっていう現実に結構傷ついてるだけなんじゃないかなぁ。
気付かなくて良かったことに気付いてしまったというか。
さて、これからどう生きて行こうかなというところです。