tss2011aのブログ -33ページ目

tss2011aのブログ

治し屋TSSの
「みんなの知らない体の話」

みなさんと私の、老化に対する決定的な考え方の違いについて話したいと思います。
多くの患者さんを診る中で思うのは、老化を年齢で判断する傾向が圧倒的に多い事なんです。
多くの方は年齢を重ねる事で現れる「支障」をもって判断してしまいがちなんです。
「支障」とは痛みや日常生活における不便である事が多いですから、経年変化と共に現れる痛みや不便の「有る・無し」が老化のバロメーターになりやすいという訳です。
下に図を描いてみました。

支障1

支障の現れる年齢が、およそその人にとって老化を認める年齢と言えます。
70代や80代なら大体の方は「老化」を認めるのではないでしょうか?(この年齢は個人によって変わります)
もし、あなたにとって支障が現れなければ、60代や50代で「老化」と言われれば・・・
「ムッ(怒)」となるのではないでしょうか?
私は50代でも40代でも平気で「老化」と言う場合がありますが、大抵は理解を得れないケースが殆どです。
これが、過程と結果の混同なんです。

結果とは支障ですから、結果(支障)が出ない50代や60代(つまりは過程)は当然老化で無いと判断してしまいます。
以前にも書きましたが、過程と結果を混同する方は「老化」に飲み込まれる可能性が非常に高いのです
結果とはある日突然あなたの身に降りかかるのでしょうか?
そうではありませんよね。
そこに思考を巡らせれば、過程に気付くのではないでしょうか?

階段を痛々しそうに昇る年配の方は、ある日突然老化したのですか?
杖を突く方はある日突然歩けなくなったのですか?
老化とは70歳を迎えた誕生日に突然現れるのではありません。
過程があってこその結果なんです。

じゃあ、過程に目を向けて考えてみるとこうなるのではないでしょうか?

支障2

ちなみにこの図は、私の年齢を基準に描いてみました。
私の年齢は、世間一般的には「老化」とは縁遠いはずです。
先に話した様に、過程に気付かなければ「俺ってまだまだ衰えてない!」と言ってしまう事でしょう。
もし、過程があってこその結果(老化)と考える事が出来るのであれば、自分の肉体がどの様に変化しているのかに気付くのではないでしょうか?
・10代と比べ今現在はどうなのか?
・20代と比べ今現在はどうなのか?
・30代と比べ今現在はどうなのか?
ちなみに、私の30代前半で強烈に思い出に残ってるのは、一日中出歩いた際の足の疲れです。
当時、歩いている途中で幾度と無く休憩と称して喫茶店で休みまくってた覚えがあります。
20代の私は「何で喫茶店で休憩してコーヒーを飲む必要があるん?そんなにしょっちゅう喉が渇くか?だったら自販機でコーヒー買えばいいやん!」と思ってた自分が、いつのまにか喫茶店で休憩する事が当たり前になってたんです。
「へ~!喫茶店って案外疲れた際の休憩には便利な場所だな」と思った背景は、まさに過程がサインとして現れていたという事なんです。
もし過程に気付かないまま年齢を重ねていれば、「出歩いた際の疲れには、喫茶店でちょっと休憩」(過程の見過ごし)が当たり前になっていたことでしょう。(今現在はこの状況を立て直したので、休憩する必要性はなくなりました)

みなさんは、一日中出歩く際「ちょっと一服」と称して喫茶店で休憩してはいませんか?
その回数や休憩時間は、過去の自分より増えてはいませんかね?
過程とはそんな些細なものなんです。
その過程の積み上げを経て結果に繋がっていくのです。
過程の積み上げが早ければ60歳で杖を突く(結果)のかも知れないし、過程の積み上げが遅ければ90歳でも歩けちゃう(結果)のかも知れないのです。

過程に目を向ければ、あなたの体は色々なサインを出しているのです。
・小さい頃、畳の上で昼寝をした後、体の節々が痛くなった?
・小学生の遠足で観光バスに長時間座る事は苦痛だった?
・小さい頃、枕や寝具にこだわった?
・信号が赤になりそうな時、走り出す自分がいる?
・長蛇のエスカレーターを待つぐらいなら、階段を昇ろうって気になる?


etc.

 ちょっと脱線


以前書いたこの記事を、今回の「過程と結果」で判断すると、どうなるでしょうか?


寝具にこだわる時点で、あなたは老化してるんですよ
(クリック)

過程と結果に気付けば、寝具にこだわりだす事が、過程を見過ごす行為である事は容易に気付くのではないでしょうか?
みなさんは高価な寝具と考えるのでしょうか?
オーダーメイド枕を買うのでしょうか?
・・・・
私は、今でもフローリングに何も敷かず、枕も無しで寝れますよ。
だって、小さい頃当たり前に出来た事なのですから!!




 <各目次>このお話は1話で完結です



もくじへ戻る(クリック)