油小路事件 | semiのブログ

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慶応3年(1867年)11月18日夜、新選組を離脱し御陵衛士(高台寺党)を結成していた伊東甲子太郎は、近藤勇の妾宅で歓待され酩酊して帰営中、「油小路木津屋橋」付近(近藤妾宅から約130~150㍍、新撰組不動堂村屯所から180~ 200㍍の地点)において、突然物陰から新撰組隊士の槍で肩から喉を刺し貫かれた。瀕死の伊東はかろうじて油小路通りへ逃れたが、そこから油小路を北に20㍍ほどのここ本光寺あたりで力尽き絶命した。
翌19日午前2時頃、新選組はここから北東へ3㌔ほど離れた高台寺月真院へ「遺体を引き取るよう」伝えさせて高台寺党をおびき寄せるとともに、伊東の遺骸を本光寺前から120㍍ほど北の「油小路七条」の辻まで運んでそこに放置し、約40名で待ち伏せた。午前4時頃、罠と知りつつ遺骸を回収にきた御陵衛士7名と新撰組がここで激闘。3名が討死、4名が逃げ延びた。
当日は新暦で12月中旬。文字通り血も凍る夜に、いくら屯所が近いはいえ40名もの隊士を何時間も待ち伏せさせたこと、伊東の遺骸を狭い小路から三方より挟撃できる四つ辻にわざわざ移したことなどを考え合わせると、新選組の徹底した謀略性が窺われます。裏を返せば剣の達人揃いの御陵衛士を相当恐れていたのでしょう。
本法寺前には「伊東甲子太郎外数名殉難の地」の石碑があります。写真の軽自動車 から新選組ファンらしき女の子たちが降りてきて説明板をじっとのぞきこんでいました。
ちなみにNHK大河ドラマ「新選組!」(2004)では谷原章介が伊東を演じていました。