今日は、報知スポニチで阿部獲りに向けての進展が見えた。
今週中にはREDS阿部勇樹が誕生するだろう。
今年初めてスポーツクラブへ行き、汗をかいた。
正月の飲み食べ過ぎでついた脂肪を...
トレーニングをこれから継続しなければ
Jスポーツで06年J2の振り返りをやっていてそれを見て、
やはりJ2降格した99年、J1復帰した2000年の振り返りを!
原博美体制2年目、98年2ST3位になり、優勝を期待して始まったシーズン!
大学No.1ストライカーという触れ込みで入団した盛田剛平...
プレシーズンマッチ磐田戦で取った1点のみ...
背が高くヘディングが期待されたが、DFにあたり負けして、しかもスピードはなし
監督の原は自分と似たタイプの盛田を使ったサッカーを構築しようとしたが完全に失敗...
印象に残っている試合は、1STのアウエー名古屋戦の1対8の敗戦...
最終的に得失点差でJ2に降格、
この試合後半集中力を失い、今では考えられないような酷い試合
プロとは呼べないような内容...帰りのバスをサポーターが取り囲み...
そしてREDS戦ではないが、U22五輪アジア一次予選の対フィリピン戦11対0で勝利した試合で
小野伸二が悪質なタックルで靭帯断裂...こんな試合で...ベストメンバーでやる必要のない試合!
監督は代行の山本昌邦、ダメな指導者(その後の五輪、磐田で証明)....
当時、日本代表もU22もトルシエが監督だったが、
同時期に、日本代表がコパアメリカ(南米選手権)にゲストとして出場
やはり親善試合と違い、南米でやった試合のため1勝も出来ず1次リーグで敗退、
それによりU22は山本が監督代行、
南米選手権にU22世代の柳沢と小野を連れていくかもとの報道もあったが、連れて行ってくれれば...
連れていかずにU22のアジア1次予選に出場で大怪我を負った。痛かった!
1stは3勝4分8敗で13位(16チーム)
原を解任したものの、なかなか後任が決まらず、不在のまま夏のキャンプ、
フロントも後手後手で、やっと監督としてア・デモス(オランダ人)を招聘...
期待したが、ダメだった。
補強はしたが、2stに入ってもなかなか勝てずにJ2への降格が現実的に...
ファイブファイナルズ、と呼んだラスト5試合、まずアウエーの神戸戦
小野が復帰、期待したが万全ではなく、無理して出てきた感じだった。敗戦...
次のここで負けたらほぼ降格が決まってしまうという11/17(水)のジェフ市原戦
サポーターが発煙筒を焚き、平日だったが駒場に来たサポーター一体の応援で
福田のゴール、1対0の勝利!
次の平塚戦に永井、福田のゴールで2対0の勝利(ここで平塚の降格決定)
次のV川崎戦は2対2の引分け、永井と小野のゴール、小野のゴールは試合中に靭帯を損傷した岡野が
取ったPKを小野が決めたものだ。後半終了直前に北沢に決められ延長に、そして何とか踏ん張って引分けに
そして運命の最終戦、90分以内で勝てば残留、しかもホーム駒場、相手の広島は特に目標もなく
断然有利な状況であったが、90分終わり0対0、他会場の結果で延長入る前に降格決定...
そんな状況で延長を闘い、福田のVゴールで、勝利...
一生忘れられない試合となった。
ホーム最終戦、恒例の終了後の場内一周、なかなか選手も出て来なかったが、
場内一周、サポーターからブーイングはなく、「We are REDS」コールが!
これが浦和レッズだ!
最終戦、チキ(ベギリスタイン)は先発したが後半交代、そして一番得点を上げていた福田を先発させず
後半3人の交代は大柴、盛田、福田の順...ミスターレッズ福田に与えられた時間はわずかだった!
そして2000年J2での闘いへと...
99年参戦 49試合(レッズ戦はナビスコ1試合のみ欠席!)
Jリーグ(通算15位)→J2へ降格
1ST 3勝4分け8敗(ホーム2勝2分け4敗 アウエー1勝2分け4敗) 13位
2ST 5勝1分け9敗(ホーム3勝4敗 アウエー2勝1分け5敗) 14位
ナビスコ(準々決勝敗退)
2勝1敗
天皇杯 1勝1敗
プレシーズン 1敗
日本代表 2分け1敗
U22代表 6勝1敗
Jリーグ オールスター 1敗
JOMOカップ 1敗
トヨタカップ マンチェスターU勝利