昨日は、人生の目的として 『primary purpose』(第一の目的)と 『secondary purpose』(第二の目的)について、ちょっと触れました。
エックハルト・トールさんの 『primary purpose』(第一の目的)については、本かDVDをご覧ください。
今日は、奇跡講座(ACIM)での『primary purpose』(第一の目的)について、お話ししてみたいと思います。
奇跡講座をこの世に伝えたのは、イエス・キリストの意志ですが、2000年前にもイエスは同様のことを伝えた(かった)のだと思います。伝えていたのかもしれませんが、それを受け入れる土壌がなかったため、誤解・曲解され、キリスト教が生まれ、本質が伝わらないまま、今日にまで至っています。
イエスは、「目覚めよ!」と言いました。目覚めない限り、本来の命に至ることはできないと伝えていました。
「生きているのは名ばかりで・・・」
「死人の世話は死人に任せておけ・・・」
などという聖書の言葉からわかるのは、私たちは、イエスの基準でいうならば、生き始めるためのスタートラインにさえ立てていない、ということになると思います。
あえて言うなら、このスタートラインに立つことが、 人生の 『primary purpose』(第一の目的)と言えるかもしれません。
時代を経て、イエスの意志を正確に伝えられる準備が整ったのか、奇跡講座はイエスの意志により、この世におろされました。
ACIM(奇跡講座)は次の言葉から始まります。
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実在するものは脅かされない。
実在しないものは存在しない。
ここに神の平安がある。
Real can be threatened.
Noting unreal exists.
Herein lies the peace of God.
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ここで質問です。あなたにとって脅かされるものはなんですか?
この質問をされて、あなたが思い浮かべるものは何でしょうか?
具体的に例示するのは避けますが、あなたが思い浮かべたものは、まず間違いなく『正解』です。
奇跡講座の冒頭の言葉に当てはめるなら、それは、「脅かされるので実在していない」ということになります。
そして、「実在しないものは存在しない」と、この意志は宣言します。
すなわち、あなたが思い浮かべた脅かされると思ったものは、本当は実在していないのです。
これを仏教で言うなら、 一切皆空ということです。
奇跡講座は、必須のコースであるとイエスの意志は明言しています。「これをいつ履修するかは、あなたの自由意思に任されているが、内容については、自由意思に任されてはいない」とイエスは言います。
この内容を習得したならば、その意識は輪廻の輪から抜けることになるので、この世に生まれてくる必要はなくなります。すなわち、生まれてこないので、人生の目的という問題も発生しません。
あえて言うなら、人生を生きなくてよくなるようになることが、「人生の目的」と言えるかもしれません。