Twitterで最近の勉強の経歴みたいなのを大まかに振り返っていたら、内容が膨らんでいたので。
友達としゃべってると、よく話が脱線する僕。そしてあるとき、「あれ?この話って、話始めたときの内容からだいぶずれてるよな」って思うことが少なくない。
これは誰にもある経験だと思うけど。
そんなことが自分の勉強にも起こりやすいのは前から気づいていたので、めんどくさがらず、どこで、どういう理由で自分が脱線したのかをまとめてみようと思った。
一本の線のように書いているが、頭の中の知識はそのように保管はされてはないはず。ある時こうやって俯瞰的に見て、学んできた内容の位置付けを確認して、その個々の内容を新たに有機的な体系とすべく、本来は時間軸に沿って直線上に学ばれてきたことが、相互にどんな意義があったのか(もちろん、現段階では情報不足だが)、一度とらえ直したかった。
そんなわけで出来上がった文章。
Twitterのひとつの呟きが、自分の頭の中の大規模な整理に繋がるとは思ってなかった。
こういうときは一気に書ききらないと、アイディアは無意識の海に沈んでしまうので書き上げた。
推敲が雑なので、不備があると思われるが、悪しからず。
いつものメモ書きとしてのTwitterの使い方を、相似拡大したと思ってくれれいいかと思います。
ちなみにTwitterアカウントは
@tskyhigh
です。こちらもよかったらどうぞ。
Android携帯から
英語の勉強+哲学の勉強
→英文法(∵より緻密な文法体系を求めて。英語という枠組みではなく、言語という一段階高い次元での文法の模索。理想言語や人口言語への興味の現れ)
→論考(∵真理関数の言葉に惹かれて。英文法の勉強から出てきた次なる興味の答えになるのではという思いから。)
→論理学(∵記号と言語の関係性に惹かれて。論考に出てきた様々な記号を理解したくて。)
→数学ガール第三巻(∵論考や論理学の理解に役立つかと思って。今、自分がやってることは言語or哲学だと思っていたら、数学との関連もあるのか、という感動から。)
→ゲーテルの不完全性定理(∵数学を数学する、の言葉に惹かれて。微積や線形台数といったいわゆる数学ではなく、その根底にある部分を扱おうとしてる学問分野の存在を知ったことと、それが言語、哲学と大きな関わりを持っていたこと。)
さて、僕の興味関心は、次に僕をどこへつれていくのか。
今はまだわからないが、上のような読書が読書を呼ぶ、繋がりをもった勉強をこれからもしてきたいと思った。
勉強が脱線していくのは悪いことではないと思う。脱線は義務じゃないし、楽しいから脱線するんだ。
脱線をより楽しむためには、予備知識や基礎知識の存在が欠かせない。これには雑学も大いに役立つ。
いずれにせよ、広い範囲を勉強の対象としつつも、自分に役立つ知識、自分の血肉になる知識は「脱線勉強」によって得られるのでは、という仮説が得られたので、楽しむ傍らの副業として、この仮説の証明ができたらいいなと思う。
2012.3.12 Monday
(去年は僕も後期日程でした。)
阪大学食 宙 からの投稿