いま、ぼーっと考えてたことがある。

それは
「過去の私に手紙を書くことができるなら…」
私は過去の私になんと手紙を書くか。

手紙を書いて
過去をやり直したり出来たとしても
私はそれはしないと思う。

ただ
虐待に苦しんでる、摂食障害に苦しんでいる、
男の人に依存している、依存しなきゃいけない、
リストカットをしている、
毎日死ぬことしか考えれなくて
泣いていた私に

『大丈夫だよ、いつか貴方のやりたいことは叶うから。
いつか貴方は自分の過去とも少しは向き合えて、過去を話せてなんでも話せる仲間が出来るから。
今でも死にたいと思うけど、それ以上に生きたいと思える、そんな日々もあるから。
今まで生きててくれてよかったっていってもらえる日がくるから。
親に貴方なんか生まれてこなければよかったって言われて苦しいね。親が反省しなくて悔しいね。
でもね、貴方は絶対に大丈夫だから。
貴方のしたいことはできるから。
大丈夫だからね。』

って書いてできる事なら
過去の私を思いっきり抱き締めてあげたい。

生きてるだけで精一杯だった。
苦しかった。泣いてた。
そんな幼い私を抱き締めたい。

でも、
大丈夫、絶対大丈夫って言いたい。

私はいまの私が好き。
過去は変えられない。
でもそんな苦しくて辛い過去がいまは好き。
だってその過去があるから
いまの私がいる。
辛い過去があるぶん、私は人の苦しみが分かるれる人になりたいと願えるから。

世の中には
自分のやりたいことが見つからない人や
親の言う通りに生きてる人もいると思う。
もちろんそれが悪いことではない。

だけど、でも、
私は私の過去があるから
やりたいことは明確にあるし
自分で自分の道を進もうとしてる。

だったら
私の過去は私の宝物。

もし私自身が虐待にあってなかったら
私は虐待なんかに興味を持っていなかったかもしれない。
仮に隣で虐待が行われていても
見て見ぬ振りをする人間になっていたかもしれない。無関心というよりそんな現実があるってわからなくて気づかなかったかもしれない。
実際、私の近所の人は私の近くの大人はそうだった。
私はそんな大人が憎かった。
でも、
私が虐待と無関係の人間なら
私が憎んだ大人になっていたかもしれない。

私が摂食障害じゃなかったら
拒食から過食になった子に対して
悪気もなく
「健康的になったね」
なんて言ってたかもしれない。
その言葉がどれだけ傷つけるか知る由もなくて。
そんなの嫌だ。
私だって無知だ。
色んなことに気づけない。気づかないかもしれない。
でも人より、普通に生きてこられた人より
ほんの少しだけ気づけることが多い気がする。
救える人が多い気がする。
同じ苦しみを分かる気がする。
だから私は私の過去を愛したい。

そう思う。
もちろん調子が悪くなると
自分の過去を恨んだりもする。

でも今日はこう思う気分。

最後まで読んでもらってありがとうございます😊