12月になってしまいましたね。寒。
今年中に死ぬ、と決めていたのにノコノコ生きています。
それ本当に決め事か?と疑いたくなるくらい意志が弱いな。
まあこうして老後も生きていくんでしょう…とはさすがにならない。愛猫が…の時に後追いするつもりなので、だからざっと計算してもそんなに生きるつもりはないです。
現に生きてても辛いのでとっとと楽になりてえ( ᷇࿀ ᷆ )
この記事、12日の夜に書き始めたのに数日経ってやっと書き終え投稿したくらいには謎のメンブレに侵されています。
結局、いつもより遅れて来た生理のせいだと思いたい。鬱の周期が来た訳ではないことを信じたい…不意にエグい焦燥感と凄まじい希死念慮の嵐が来る人間、どう?(どうとは) 生きるの向いていない。
根本的な原因は何?と考えるが、いやもう1つしかない。やっぱりお前だよお前、吃音症、お前のことだよコラ。聞いとんのかワレ。
何より「自分の名前が名乗れないことによって電話に出るのが怖い、それ故に定職に就くことはおろかバイトでさえ動悸が止まらない時があり頓服でどうにか抑えている」ことに対してのコンプレックスが凄い。
なんでこんな人間になってしまったのか、どうして周囲にできることが私には出来ないのか、とか考えれば考えるほど解決策が“自殺”しかない。
ので病院を探してんですが子供がメインだそうですね。未成年。なめてんのか。
なんでも吃音症は子供の頃に酷くても大人になると徐々に治っていく場合があるそうで、大人になっても治らないものは(例外あるだろうが)“重度”扱いだ、とか何とかどっかのサイトで見た覚えがあります。
へえ重度か。まあ重度だろうよ。
前回の記事の続きみたいになるけどあれから吃音症を診てくれる病院を探していて、「ここなら大人でも見てくれそう!」という記事とともにとある病院に行き着きまして。
しかしその病院のホームページには吃音症云々の記載がなく、本当に見てくれるかわからないから聞くだけ電話をしようと思ったのにその電話が出来ないというね。
「確認の電話をしよう」←思うだけなら簡単。
「実際に電話をしよう」←困難。本当に怖い。
この展開、以前の記事にもなんか書いた覚えありますね。そもそもの電話が出来ないから病院に行けないってくだり。あとこのくだり何回やるんや?
緊張せずリラックスして話せば大丈夫やよ!なんて言ってくるそこのお前、ならワイと変わってくれや。
緊張してへん時でも出る時出るからな。言えてた言葉でさえ吃った時、その言葉を他人に聞かれた時、早く死のうとその度思ってるがそんなん知らんわな。普通に喋れるんやもんな。ええな。
電話さえできたら何処にだって働くんですがね。喉さえちゃんと機能してくれたらそれだけでよかったのに。
したい気持ちはあるのに気持ちだけが先走ってから回っている気がする。ちゃんと話したい。ちゃんと電話したい。笑われたくない。怒られたくない。相手に迷惑かけたくない。恥ずかしい思いしたくない。
願望だけじゃどうしようもならないけど、でも現実ってこんなもんでしょ。
本当に早く死にたすぎてウケるな。もうダメじゃん全部さあ。電話怖いって何?大人なのに(笑)
早く死なせてほしいわね( ᷇࿀ ᷆ ) もう十分です。