今回からしばらく「三角縁神獣鏡」とのかかわりが深い3~4世紀の古墳を見ていきたいと思います。これから書くにあたって最初にはっきりさせておきますが、三角縁神獣鏡は中国製であることを前提として書かせてもらいます。異論は大いにあるかと思いますが、ご了承ください。もう一つ、邪馬台国は畿内にあり、その最有力候補地は纏向です。この論争については既に終焉を迎えつつあり異論はないと思いますので、邪馬台国、卑弥呼とつながりがあるような書き方が多くなることもご了承くださいね(笑)





天理市から桜井市にかけて南北約4.5km、東西約1.5kmに広がるオオヤマト古墳群は大きく三つの古墳群に区分することができます。北から大和古墳群、柳本古墳群そして纏向古墳群と分類され、天理市柳本に位置する黒塚古墳は柳本古墳群に属しています。さらに細かく分類すると、行燈山古墳を盟主とする柳本支群と渋谷向山古墳を盟主とする渋谷支群に分けることができます。また、石名塚古墳を中心とする一群も見られます。柳本支群に入る黒塚古墳は、全長約130m、後円径約72mの前方後円墳ですが、墳丘は中世に城郭として利用され、近世には柳本藩の陣屋に取り込まれていたため、改変による影響が大きく、段築などはわかっていません。1997年から1999年にかけて発掘調査が行われ、国内最多となる33面もの「三角縁神獣鏡」が出土したことで大きな話題になりました。他には1面の「画文帯神獣鏡」に大量の鉄製武器、武具、農工具などがほぼ未撹乱で出土しています。また石室は全長約8.3m、幅約1.3m、高さ約1.7mの竪穴式石室で、天井石のない板石、粘土で被覆する合掌式のものです。壁面、棺床はベンガラで塗られ、木棺はほぼ腐朽によりほぼ消滅していましたが、分析によって巨木を使用した割竹木棺で、長さ約6.2m、最大径は1mを超えるものだったと考えられています。因みに、壁面などの朱塗りの顔料ですが、大きく二種類あり、黒塚古墳ではベンガラ(酸化第二鉄)が使用され、他の古墳の石室では水銀朱(硫化水銀)が使われることもあります。一般的には水銀朱のほうが希少価値があり高価なものとされていますね。石室は鎌倉時代に盗掘を受けていますが、盗掘以前の地震によって石室が大きく崩壊していたため、幸い石室の床面付近の撹乱は免れています。棺内の遺物は北側中央に画文帯神獣鏡が立てて置かれていて、両脇に刀剣が置かれていました。三角縁神獣鏡、鉄鏃などは棺外に木棺を取り囲むように置かれていてました。こういった「三角縁神獣鏡」と「画紋帯神獣鏡」が共伴する場合の副葬位置は、大坂真名井古墳などでも見られ、京都・椿井大塚山古墳や岡山・湯追車塚古墳、兵庫・西求女塚古墳などは複数の「三角縁神獣鏡」に対して1枚の「画紋帯神獣鏡」が出土していることを見ると、黒塚古墳と同様の埋葬状態だったのではないかと推測できます。このことから、銅鏡の格付けは「三角縁神獣鏡」より「画紋帯神獣鏡」のほうが高かったと考えられます。次に出土した「三角縁神獣鏡」の製作時期についてですが、先日の岩本崇氏の変遷法に当てはめると、全て1期と2期のものに分類されます。これは、他の変遷法でも同様の結果が出ており、おおむね西暦240~260年ごろまでに製作されたもので占められていたことになります。勿論、銅鏡だけで古墳の築造年代を導き出すことは出来ませんが、黒塚古墳のように大量の銅鏡が出土し、その傾向もはっきりしているのであれば、非常に重要な根拠に成り得るのではないかと考えます。黒塚古墳の築造年代は3世紀後半から4世紀初頭と考えられていますが、私は下賜されてから配布され、さらに埋葬されるまでの期間を踏まえても3世紀後半、270~280年ごろまでに築造されていたのではないかと思っています。築造年代を遡らせたいのには理由がありまして、黒塚古墳の被葬者を考えると、柳本古墳群には行燈山古墳、渋谷向山古墳といった全長200mを超える大王クラスの墳墓があり、黒塚古墳の130mというと、その次の階級、即ちこの地域の首長墓であったと考えられます。柳本古墳群に重複して見つかっている殆どの集落遺跡群から庄内式前期~布留式土器が出土しており、また東海、近江、吉備、四国など外来系土器も出土しています。これは纏向遺跡に共通するもので、柳本遺跡群は纏向遺跡と併行して存在していたことがうかがえます。となれば、この地域の古墳も古くから築造されていても不思議はないわけで、ただ定形化しつつある前方後円墳の形式と考えられる黒塚古墳は箸墓古墳より遡ることはないでしょうが、大きく離れていることもないと推測します。



黒塚古墳に隣接して天理市立黒塚古墳展示館が建てられています。実物大の竪穴式石室復元模型やや副葬品のレプリカが展示されています。黒塚古墳の銅鏡はレーザーによる三次元形状計測装置による精密な測定が行われていて、微妙な形状変化を比較し、三角縁神獣鏡の量産過程などを検討しようと試みています。写真ではわかりにくいですが、その一例を見てみます。



16号鏡 三角縁銘帯三神五獣鏡。



18号鏡 三角縁銘帯三神五獣鏡。

16号鏡と18号鏡は一つの鋳型から作られたいわゆる同笵鏡と言われるものですが、16号鏡と18号鏡とでは、乳と神像に大きな違いがあるそうです。乳の相対位置に大きな違いがないにもかかわらず、断面形状が全く違うことがわかり、18号鏡は鋳型に修正を加えたことが推定できるとのことです。同様に18号鏡の神像の下肢も16号鏡より高く表現されていて修正を加えていることがわかります。確かに18号の乳は尖って見えますし、神像の下肢も立体的に見えますが、普通に見ると単なる経年劣化にしかみえませんね。


<黒塚古墳アクセス>
車:西名阪自動車道天理ICより国道169号線を南に約10分。駐車場は国道沿いのサークルK駐車場奥に黒塚古墳専用の駐車場有り。
電車:JR桜井線柳本駅すぐ。