潰瘍性大腸炎と言われたとき思った事 | のんびり頑張るかっちー家族

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2014年に1歳で潰瘍性大腸炎になったかっちーとその家族が、病気にのんびり付き合っていきます。

こんにちは、かっちー父です。

最近のかっちーは、良くも悪くもリズムができてきている感じです。

便回数は少なくて2回、多くて5回くらい。

以前よりはだいぶ薄くなりましたが、いつも血便。

オムツなんで正確ではないですが、

多分何回かに一回は自分の気づかないうちに出ちゃっている感じ。


今後、おむつを外して幼稚園とかに行くことを考えるとこの状況よりも改善しないと

ダメなんだろうなあ、とは思っていますが、

薬をひたすら増やしていくのも嫌だし難しいですね。




今回は、かっちーが潰瘍性大腸炎と言われたときに

かっちー父が思った事やなるべく心がけている事を書いてみたいと思います。

まとまりのない文章かつやや支離滅裂かもしれません。

ご容赦ください。


まず、最初に思ったのが小学校などに行ったときにイジメられるんじゃないかという心配です。

便漏れとか、小学生とかが一番残酷ないじめをする年代だと思うんですよね。

だいぶ先の話ではありますが、もしもそうなったら父はどう行動するべきなのかっていうのは

ふとした時に考えたりもしています。


あと、この小さいときになってしまったという事についてはよかったと思うようにしています。

もしも、将来肉体労働のような仕事についていた時に、

急にかかってしまったら仕事としての潰しがききにくいと思いますが、

今からわかっていれば、

在宅のPC業務とかで仕事ができるようなスキルを身につけておけばまだ対応ができる。

甘い考えかもしれませんが、そういう意味で将来に備えられるという意味で、

幼いうちにかかったことをよかったと思っています。


かっちーが潰瘍性大腸炎になったこと自体について。

これは、かっちー自体はとても可哀想なんでしょうが、そう思わないようにしています。

障害を抱える事を、障害ではなく個性だ、と言ったり

どこまで言っても障害でしかない、と言ったり考え方は様々ですが、

実際に障害を持ってしまった方ほど障害は障害でしかないという意見が強いように感じます。

なので、障害ではなく個性だというのは現実的にはきれいごとでしかない面が強いのでしょう。

ですがかっちーに限らず、私は、障害というものはできる限り個性だと思うようにしています。

次元の違う話ですが、私は背が低いほうです。小学生の頃はバカにされたりもしました。

ですが、その時の劣等感なども今の私の一部になっています。

極論、潰瘍性大腸炎も、背が低いとかそんなものと同じだと思うようにしています。

実際、生活においては不便だったり不利だったりすることは多いと思いますが、

結局はその経験で本人が何を得るか、だと思います。

かっちーが1歳で潰瘍性大腸炎になったという辛い経験の中から何を得ていくのか、

そこで何かを得たのならそれはかっちーにしか得られない経験なのだから、

そういう特別な物を得た時点でそれはとても意味のある事だと思うのです。


そういったこと全てをふくめてかっちーというONLY 1ができるのだと思っています。


なので、幼くして潰瘍性大腸炎になったという事実に意味を作っていくのはかっちーの仕事だと思っていますが、

意味を作れる強さを持つ人間に育てるのがかっちー父の仕事だと思っています。


また、潰瘍性大腸炎な子がかっちーでよかった、と思うようにしています。

何の因果関係もない話ですが、統計的に1万人に一人がかかるとしたら

かっちーがなったことで他の9999人のお子さんは大丈夫だということになります。

勿論、本当はかっちーがそうなったからって他の子には何の関係もないんですけれど、

ちょっとした運命論と思ってください。

私はかっちーが産まれる前後位で友人に言っていたのですが、

障害について、

障害であることを受け入れられなかったり悲しく思ってしまう親のところに産まれるくらいなら

自分のところに産まれてほしいと思っていました。

自分のところだったら、特別に多くも少なくもない普通の子供としての愛情を注いであげられると思っていたので、

障害の子がかっちー父のところにきてくれることでその子や世の中の親御さんが幸せな家庭になるのなら

是非、来てほしかったです。


だからその願いを叶えてかっちーは特別なお腹をもって

かっちー父のところに来てくれたのだと思っています。

今もその思いは変わっていません。

父と母のところを選んでくれてありがとうと、心から思います。



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