Pain is inevitable, Suffering is optional.

Pain is inevitable, Suffering is optional.

苦しみとは選択の結果である。

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相変わらず筆無精というか、書くネタはあるのに忙しくてブログを書く暇のない日々。
アクセスログをみると、こんなブログでもたまに覗いてくれている人がいるみたいなので、とりあえず2月頃に下書きしていたものの結論への収拾が付かなくなって放置していた下書きを少し加筆して公開してみる。

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あなたは運命というものを信じるだろうか?

その問いに対する一つの解がこの「ラプラスの魔」という概念である。
(以下、知っている人には退屈な話になるかも)

この世の全ては原子が集まって構成されている。一見物理法則とは無関係に自らの意思で動いているかに見える人間だって、その脳の働きは複雑に配置されたタンパク質が起こす科学反応に過ぎない。

つまりこの世の全ての原子の状態を把握することができて、そのデーターを超高性能なパソコンにぶち込んで計算することができたら100%当たる未来予想ができる。
逆に言うと今後自分がどういう人生を辿るのかは全て現在の原子の配置によって決定済みである。
自分がこれから取る選択で人生なんていくらでも変わるように感じるが、実はそのヒトの脳細胞が何を選択するかという所まで全部織り込み済みなのではないか。

…と、自分が小学生くらいの時にぼんやりとそんなことを考えた記憶があるが、やっぱり他の人もそんなことを考えていて、ちゃんと名前が付いていたらしい(笑)(確かフランスかどっかの数学者だったかな?)

にしてもなんだかスッキリしない理論である。
頑張っても怠けても自分の運命はもう決まってるんだ!って考えたところで、怠ければ失敗するし頑張れば成功すること自体は変わらない。
実は決まってるのは「自分がどっちを選ぶのか」って方。

だから、全て予定調和だと分かった上で、それでも自分は頑張るしか無い。
なんだか釈然としない。
自分の意志ってものは本当に存在しないのか。
そんな悩みでさえも、あたかも複雑に書かれたプログラムを処理するPCのように、脳が電気信号をやり取りしているだけの行為に過ぎないのか。

結論から言うとこの「ラプラスの魔」という悪魔は量子力学上の不確定性原理(ある原子の位置と運動量を同時に知ることは不可能)の登場によって存在しえないということになっている。(ただし未来を知ることができないというだけで、決定論:自由意志は存在しない という考え方まで否定された訳ではない。詳しくはwikiで)

まあ、今挙げたようなことをいくら考えていても我々の生活においては何の生産性もない訳であるが、さてこれを自分個人の行動レベルまで落とし込むとどうなるか。

私はとどのつまり「なるようになる」ということなんじゃないかと思っている。
別にだからといって頑張ってもしょーがないってことを言いたいんじゃなくて、失敗を恐れて前に踏み出せないような時、プレッシャーで手が震えそうなときに、この決定論的な考えを頭の中で唱えるわけである。
「自分がこれから為すことの成否は既に決まっているんだ」と考えれば、少しは緊張もほぐれるんじゃないだろうか。




なんかオチとしては微妙なので、もう少し書く(笑)
例えば今のようなラプラスの魔・決定論の考え方は、普通に知ればやる気を失いそうな理論であるが、部分的にまたは場面を限定してエッセンスとして採り入れた場合にはプラスの結論に達することもできる。

私はこれを「戦略的ポジティブ思考」と呼んでいる。

例えば就活において「ネガティブ思考」→「常に最悪のケースを想定して備えることができる」
「注意散漫」→「身の回りの様々なことに興味を持つことができる」

なんて具合に、どんな物でも大抵はどの側面をとるかによって印象は変わってくる。
毎日毎日新しい出来事や考え方に触れていくなかで、その全てを自分をモチベートする方向に捉えることができたら、きっとそれは素敵な人生ではないだろうか。

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なんだかつぎはぎの文章である故、要旨が分かりにくくなってしまったけれども,
どうにも忙しくて時間が取れないのでこんなところで。

次回は自分の内定先の事か、はたまた全く関係のないトレーニング理論について書くか…

特に落ちのある話ではないけど、ここは雑記帳のつもりで書いているから気が楽だ(笑