衣座室の三軌 | 心を磨く

衣座室の三軌

 あまりにも揶揄が多くてさすがの私も閉口しております。

 以下は大百法という日蓮正宗の機関誌からの転載ですが、「日蓮大聖人の仏法」という点で特に日蓮正宗と創価学会の違いはないように思いますので、是非御覧下さい。

 折伏とは喧嘩ではないのですから、私も気をつけよるように心掛けますが、私と相対する皆様にも節度を持って頂きたいと思います。



衣・座・室の三軌
 この四無量心という教えは、法華経には「衣・座・室の三軌」として説かれています。
 法華経『法師品第十』に、

「如来の室に入り、如来の衣を著、如来の座に坐して、爾して乃し四衆の為に広く斯の経を説くべし」

(法華経 三二九㌻)

とあるのがそれです。つまり折伏を行ずるときは、如来の室に入り、如来の衣を著、如来の座に坐して法を説きなさいということです。
 一番目の「如来の衣を著る」とは、折伏では柔和忍辱の心を持つことが大切であるということです。
 折伏とは、相手を折り伏せることであり、邪宗教への執着を断ち切らせる非常に激しい化導方法です。それ故、自分の言葉や態度は、より以上に柔和で丁寧でなければなりません。相手にどんな乱暴な言葉を浴びせられたとしても、根気よく、何度も何度も誠意をもって話しをすることです。そして、何事にも耐え忍ぶことが大切です。この耐え忍ぶということが、忍辱の衣を着るということなのです。
 二番目の「如来の室に入る」とは、折伏するときは、慈悲の心を持たなければならないということです。
 三番目の「如来の座に坐す」とは、「一切法空」という立場に立つことです。
 どんな人にでも仏性はあります。さらには、どんなに立派な地位や名誉のある人でも、実は様々な苦悩を持っているのです。私たちもその人たちも皆、同じです。大聖人様の仏法を信心している私たちのほうが、むしろ幸せだと思うことが大切です。このような心を持つことが「如来の座に坐す」ということです。