今回のテーマは…
『気にしすぎかも?子どもにとっての「社会性」「協調性」って?』
保護者の方からはもちろん、同じ保育士からもよく聞かれる言葉があります。
それは「社会性」「協調性」です。
「社会性のある子どもになってほしい」
「うちの子、協調性がなくて…」
では、そもそも子どもにとっての社会性や協調性ってなんでしょうか?
誰にでもきちんと挨拶ができること?
お友達と仲良く遊ぶこと?
人と協力して何かをすること?
それぞれの人がその言葉に対して何を思っているのか、望んでいるのかは定かでありませんが、子どもたちはきちんとやっていると思います。
例えば!
ずっと、「せんせい!みて!せんせい!みてー!」と言っていた子が…
ある日突然、
「○○くん!みて!」に変わった時!
僕はこれとっても感動します。お友達にも目が向いたんだなって。
これも立派な社会性だと思います。
他にも!
何も気にせずご飯を食べていた子が…
「ねぇ、○○ちゃん!おとなりで ごはん たべよ!」と言った時!
これも感動するし、驚きます。お友達と一緒にご飯が食べたいって思ったんだなって。
まだあります!
お片づけに困っているお友達へ…
「おかたづけ てつだって あげよっか?」と言った時!
これはもう立派な協調性だと思いませんか?
こんな風に子どもは、自然と社会性や協調性を身につけています。
ケンカしたっていい。それによって育つものもある。
「やだよ~だ!」とイジワル言ったっていい。それで人の気持ちがわかる時もある。
初めから完璧な人間なんていません。
特に子どもはいろんな失敗や苦い思い出から、たくさんのことを学びます。
無理に「お友達と遊びなさい!」と言ったり、
強引に「人には優しくしなさい!」と言っても、それが何に結びつくのでしょうか?
『お友達と遊ぶのって楽しいな』と感じることができれば、放っておいてもお友達とたくさん遊ぶようになるでしょうし、
『こんなことすると喜んでくれるんだ!自分も嬉しくなるな!』と思えることがあれば、自然と人に優しくなるでしょう。
そんなものです。
だから、僕たち大人が本当にしなくちゃいけないことは、
無理に、強引に「社会性」「協調性」を学ばせることではなく、
そういったものに自然に触れられる環境を作り、それに触れるのを待ってあげることです。
長くなってしまうので、続きはまた!
『気にしすぎかも?子どもにとっての「社会性」「協調性」って?』
保護者の方からはもちろん、同じ保育士からもよく聞かれる言葉があります。
それは「社会性」「協調性」です。
「社会性のある子どもになってほしい」
「うちの子、協調性がなくて…」
では、そもそも子どもにとっての社会性や協調性ってなんでしょうか?
誰にでもきちんと挨拶ができること?
お友達と仲良く遊ぶこと?
人と協力して何かをすること?
それぞれの人がその言葉に対して何を思っているのか、望んでいるのかは定かでありませんが、子どもたちはきちんとやっていると思います。
例えば!
ずっと、「せんせい!みて!せんせい!みてー!」と言っていた子が…
ある日突然、
「○○くん!みて!」に変わった時!
僕はこれとっても感動します。お友達にも目が向いたんだなって。
これも立派な社会性だと思います。
他にも!
何も気にせずご飯を食べていた子が…
「ねぇ、○○ちゃん!おとなりで ごはん たべよ!」と言った時!
これも感動するし、驚きます。お友達と一緒にご飯が食べたいって思ったんだなって。
まだあります!
お片づけに困っているお友達へ…
「おかたづけ てつだって あげよっか?」と言った時!
これはもう立派な協調性だと思いませんか?
こんな風に子どもは、自然と社会性や協調性を身につけています。
ケンカしたっていい。それによって育つものもある。
「やだよ~だ!」とイジワル言ったっていい。それで人の気持ちがわかる時もある。
初めから完璧な人間なんていません。
特に子どもはいろんな失敗や苦い思い出から、たくさんのことを学びます。
無理に「お友達と遊びなさい!」と言ったり、
強引に「人には優しくしなさい!」と言っても、それが何に結びつくのでしょうか?
『お友達と遊ぶのって楽しいな』と感じることができれば、放っておいてもお友達とたくさん遊ぶようになるでしょうし、
『こんなことすると喜んでくれるんだ!自分も嬉しくなるな!』と思えることがあれば、自然と人に優しくなるでしょう。
そんなものです。
だから、僕たち大人が本当にしなくちゃいけないことは、
無理に、強引に「社会性」「協調性」を学ばせることではなく、
そういったものに自然に触れられる環境を作り、それに触れるのを待ってあげることです。
長くなってしまうので、続きはまた!