コロナ禍において規制されたものは数知れずあったが、その規制は2023年頃をきっかけに少しずつ緩和されたように思う。
当時はマスクをせず公道を歩く者がおれば「ノーマスクとはなんと不用心で無配慮な」と警戒していたこともあったが、今はノーマスクにも寛容になることができた。
日常の些細なことからエンターテイメントにおけるまで、全てがコロナ禍の前に戻ったとは言えない。
しかしながら、アフターコロナとして、暗黒の3年間の経験を踏まえた上で新しい時代を築く潮流が見えるのはとても良きことだと思う。
さて、近頃、私の愛するライブハウス界隈では様々な問題が取り沙汰されている。
その1つが『モッシュ・ダイブ問題』である。
元来、多くのライブハウスには多少の柵こそあれど指定席というものはなく、観客は思い思いの位置で見ることがスタンダードである。
そして、ステージ前は必然的に人が多く詰め寄せる密集地隊、更にバンドの音楽性によってはダイバーや激しいモッシュも発生するため危険地帯にも化ける。
「場内でのモッシュダイブ等の危険行為はお辞めください」と言ったアナウンスがある場合もあるが、そのアナウンスが流れたところで飛ぶ者は飛ぶ。
これに限ってはバンド側が「危ないからやめろ」と言わない限りは暗黙の了解として存在するものだと認識している。
ならばモッシュもダイブもやりたい放題かと言えばそうでもなく、結局は客同士の思いやりとマナーに委ねざるを得ない。
勿論、激しい踊りに任せて隣人を殴り流血を負わせれば傷害罪になろうし、過去にはダイバーが頭に直撃し車椅子で搬送されたという(真偽不明であるが)身の毛もよだつ凄惨な事件も聞いてきた。
だが、これは一部を除いては感情の昂りが抑えられない故の過失と私は認識している。
音楽は時に人を興奮させ、更には狂わせることもある。
私も様々なライブで涙腺を揺さぶられたこともあれば、日頃の鬱憤が熱動力となり魂の叫びを上げることもあるし、昨年は圧倒的な高揚感と行き場のない歓びに物理的に打ち上がり、気が付けばダイブ童貞を捨てていた。
しかしながら、コロナ禍でライブハウスの空間に足を踏み込んだ者からすれば、現在の観客席は地獄絵図にも映ろう。
「これが当たり前だったんだ」と言いたくなるが、当たり前でなかった者もいる。
加えて、コロナが明けて初めてライブハウスに足を踏み入れる者、年齢的にライブハウスデビューする者もいるだろう。
2020年以前の密な空間は必ずしも全ての人が受け入れるとは限らない。
羽目を外しすぎないよう、心の隙間に思いやりを挟んでいるくらいが丁度良いのだろう。
さて、もう一つの問題が『痴漢』である。
これは私は生で目撃したことはないが、近頃SNSを中心に被害に遭ったという報告が散見され、遂にはアーティスト側が注意喚起をするという自体にまで発展してしまった。
たまたま胸部に手が当たった、ポシェットが臀部にずっと当たり続けるといった事故もあり得るが、近頃報告されるものは不意の事故を超越した悪質極まりないもの。
紛れもない犯罪である。
では、何故ライブハウスで痴漢が発生するのか。
それは密集しながらも流動的な空間、薄暗く視認し辛い、基本的に観客はステージの一点を見ているため注目されにくい、といったことが挙げられるだろう。
客席は先に記した通り、特にステージ前にかけては激しい密集地隊となる。
しかしながら、同時に音楽に合わせて揺れ踊ったりダイブする、時にはサークルを作って走り回るといった自由もあるため、満員電車とは異なり逃げ場がある密集地隊なのだ。
ライブ前はステージ向かって右側にいたのに気が付けば左側に流されているなんてことも往々にしてある。
そして、ライブハウスは基本的に照明を抑えられている。
隣の手元で何かが蠢いていようが、それがペットボトルを開ける動きなのか痴漢の動きなのかは薄暗い空間では視認し辛い。
加えて、基本的に観客はステージ上を見るものだから隣人の腰回りや胸元の動きは目に入りにくいこともある。
故に、ライブハウスでの痴漢は見つかりにくい。
更に、SNSでの告発で知った被害者の声だが、自分が助けを求めることで公演が中止し多くのファンに迷惑をかけるのではないか、という一種の申し訳なさが即座に声を上げることを妨げているという。
チケット代を支払ってまで行うことが痴漢なのか、金を払うなら風俗にでも行けばいいものを、と言いたくなってしまう。
そんな疑問はさておき、我々ライブキッズは痴漢を断じて許さない所存である。
既にバンド側から対策として痴漢に遭った時のSOS発信方法なども提案されており、運営側の怒りと同時に速やかな対策案には頭が上がらない。
男にとっても、痴漢に怯える女性がいるということは、痴漢冤罪にでっち上げられるリスクが高まり、一切の懸念なく楽しむというわけにもいかなくなってしまう。
痴漢の存在によって怯えるのは女性だけではないのだ。
コロナ禍から取り戻したライブハウスの密な空間はまだまだ問題を孕んでいる。
これはコロナ前から度々問題提起されていたことでもあるが、コロナ明けの新時代を迎えるにあたっていよいよ解決せねばならない議題である。
誰もが笑って帰れるライブを作るため、観客一人一人が周囲に気を配り、意識せねばならないのだろう。
「誰か傷ついている人はいないか」「誰か悲しい思いをしている人はいないか」といった思いやりがライブハウスという空間をより良くするものと信じている。
一人のライブキッズを代表して言わせてほしい。
私はまだライブハウスを諦めたくない。