昼頃、スマートフォンで音楽を聴いていると不意に音が止まった。何かと画面を見やるとすぐに着信が入る。知らぬ番号からだ。イタズラや迷惑電話にありがちなワン切りでもない。おまけに滋賀県長浜市からなどと表示されている。誰だ。怪しげな着信に脳をフル回転させ考える。まず考えたのは知り合いだが、ただでさえ狭いコミュニティで暮らす私に滋賀県に住む知り合いは居らず、そもそも近頃の若者の例に漏れない私は電話番号の交換をせずLINEなどのSNSでやり取りするのがほとんどだ。知り合いの線は限りなく薄い。ならば次に考えられるのは就活関係だが、滋賀県の企業に履歴書を送った記憶はない。となると思い当たる節がない。出るべきか否かを悩み抜いた果てに着信は切れた。
モヤモヤとした疑問を残したまま引き続き音楽を再生すると、またしても着信が入った。前と同じ滋賀県長浜市からである。番号も恐らくだが一致している。迷惑電話の類で何度も同じ番号で長々と電話をかける可能性は限りなく低いのではないか。となるとこれは誰か。もしかすると私が覚えていないだけで滋賀に縁があったのかもしれない。一か八かで電話に出てみるべきではないか。危険な賭けではあるが通話ボタンを押した。
しばらく無言で相手の様子を伺うが声がしない。痺れを切らしてドスを効かせながら「もしもし?」と相手を威圧してみると老婆と思しき枯れた声が返ってくる。私の「もしもし?」に老婆の「もしもし?」。ドスの効いた「もしもし?」に気の抜けた「もしもし?」。埒があかない。更に痺れを切らし「どちらにお掛けですか?」と語気を強めて尋ねる。すると「へ?」と剽軽な声が返ってくるので更に声を大きく「どちらにお掛けですか!?」と尋ねた。すると「◯◯◯◯さんですか?」と縁もゆかりもない名前が聞こえる。そこで確信した。これは間違い電話だ。何と傍迷惑な偶然に出くわしたのか。「違います」と断じると「失礼しました〜」などと悪びれた風を感じさせない軽い声色が聞こえ、電話は切れた。戦闘終了。
すぐに着信履歴から長浜の老婆の番号を見つけ出し着信拒否設定をする。彼女と声を交わすのもこれが最初で最後だろう。むしろ最後であってほしい。最後でなければ困るものだ。
それから12時間ほど時は経ったが勿論長浜の老婆からの着信は無い。彼女は果たして目的の何某かに電話をすることができたのか。それは私が心配することではないだろう。それより心配するべきは彼女の間違い電話により不毛な時間を過ごした被害者が更に増えないことである。電話とはやはり面倒なツールである。嗚呼、億劫なものだ。