昼から大学に赴いた私は、約5時間近くもモニターとにらめっこをし、ひたすらにキーボードを叩き続けた。代わり映えのしない単純作業を無心で繰り返すとやがて気が狂いそうになる。時を忘れ邪念を捨て視界を一点に絞り、人間としての心を失うまでに集中し続けた。これ程までに終わりの見えない単純作業は早く人工知能に丸投げできるようにするべきと叫びたくなるが、残念ながら時代はまだ追いついていないらしい。私が擬似的に機械化することで人工知能の代理となった。
 作業も一段落し窓の外を覗くと空はすっかり暗くなっていた。通りで目はしょぼしょぼとし腹が空くわけである。これ以上は集中力を絞り出すことができないと判断し切り上げる。暗くなった通りを抜け、電車を乗り継ぎ、地元の駅に着いた頃には19時半を過ぎていた。世間一般で言う夕飯時、たとえ半日を椅子の上で過ごし動かなかったとしても腹は減る。買い食いも脳裏に浮かぶが金がないからと悉く欲望を切り捨ててバスに乗り込んだ。
 だがどうだ。バスに乗ってしばらくすると食欲を唆る匂いが立ち込める。私は即座にその匂いの正体を突き止めた。某ファストフード店マク◯ナル◯のポテトだ。それも匂いから察するに揚げたてホヤホヤ。ジューシーな旨みが狭いバスの車内に充満する。これは明らかなテロだ。夜も更け切らぬ時間帯、腹を空かせて家路に着く者が多く乗車しているであろう。そこに人々の空腹を煽り食欲を掻き立てるポテトの匂いは抜群に効果的だ。きっと誰も彼もがポテトを食べたいとそう思ったに違いない。私もポテトを食べたいという欲を抑えるのに必死だった。もし私の理性のタガが外れていたら、一目散にテロの爆心地に飛び込んで他人のポテトを貪り尽くしていたかもしれない。それほどまでにポテトが発する匂いは危険な魔力を孕んでいるのだ。
 人は餓狼の脅威に対し関心を持たなさすぎる。昼飯時のSNSに投稿されるランチの画像、夕食前の料理番組、バスに充満するポテトの匂い。どれも飢えた獣を呼び覚ますには十分すぎる。ここがサバンナならポテトを抱えた一般人は骨も残らず喰われていたに違いない。しかし、人とて理性の裏に野性を秘めた生き物である。いつ人の本能が目覚め、誰が本能の犠牲になるかは神さえも知らぬことだ。生きて美味い飯を喰らいたくば飢えた者を刺激しないこと。これが私からの最後の忠告である。