餅は餅屋ということわざがある。餅を食べたいならば自分で作らずに餅屋の餅を食べたほうがいいように、何事もその道の専門家に任せたほうが良いという意味のことわざである。
しかし、餅は餅屋という時代もとうに終焉を迎えたらしい。近頃、我が家の食卓には自家製の餅が度々登場する。とはいえ、決して臼と杵で米を何度もついて作るわけではない。何年も前に導入されたホームベーカリーが、何とパンだけでなく餅まで作るというのだ。餅は餅屋、パンはパン屋と専門家に任せるのも今は昔、余程品質にこだわらない限りは専門家の手を借りずとも文明の力を借りれば専門家に匹敵する力を得ることが出来るのだ。お陰で我が家では毎日のように自家製の食パンや餅が並んでいる。餅もパンもそれなりに好きではあるので、これらがほぼ毎日食べられるというのはなんだかんだでありがたいものだ。有難きかな文明の発達。
文明の発達に追いやられ、専門家の肩身は狭くなりつつあるが、だからといって決して頼れないわけではない。むしろ誰でも専門家に近づけるからこそ、更に上を目指そうとする大切な時に頼るべきはその道の専門家であろう。そう考えると先日問い合わせを受けた客は愚かだった。
カウンターの電話が鳴ったので出ると、暦についての問い合わせだという。だが、詳しく尋ねれば雲行きが怪しい。「今年は丙午(?)だから来年は何になりますかね?」などと暦に関しては全くの無知である私に対して、基礎知識無くして答えられない質問が飛び込む。頭に浮かんだ疑問符が徐々に怒りのマークに変わり始める前に「専門的なことに関する問い合わせは答えかねます」と早々と切るが「本屋さんなら分かるかなと思ったんですよ」とまるで私が分からないのが間違っているかのようにしぶとく食い下がらない。必死に蹴りながらやっとの思いでその電話を切った。
ここで断言すると、書店員は書籍に関する問い合わせは受けるが、書籍の内容に関する問い合わせに対しては「◯◯に関することは書いてありますか?」といった具合の基本的なことを除けば受けられない。それこそ餅は餅屋へだ。そんな単純なことすら履き違えた彼の客は大層愚かと言えよう。私はエキスパートでも専門家でも何でもない。ただの雇われバイトだ。そんな者に専門的な知識を求めるな。何度も訴えるが餅は餅屋へ、暦なら暦屋のような専門家に尋ねるべきなのだ。
とはいえ、餅屋の餅ではないがホームベーカリーで作った餅は決して不味くはない。むしろ美味い。