人間、準備や下ごしらえといった一番肝心な行程の前段階こそが大切である。事前に行動をするための環境を整えなければ、いざ行動に移るとあれが無いだのこれが出来ないだのといった要らぬ面倒に絡まれるものである。大事の前の小事、この小事こそが大事を成す鍵となる。
この文は、つい先程ホテルのシャワーを使った後、ベッドの上にバスタオルを置いたままであることに気付き、ホテルの床をビショビショに濡らしながらタオルを取っている最中に考えたものである。水も滴るいい男とは言うが、滴るどころか水滴が流れていると言わんばかりの滴りようは、いい男ではなく最悪の一言に尽きる。この「ホテルの床ビショビショ事件」も事前にバスタオルをシャワールームに用意するだけで防ぐことのできた問題である。睡魔に負けて一睡した後に覚醒し切らない頭でシャワーを浴びようとしたことも原因の一端にはあるが、それ以上にどうも私はどうでもいいことほど前準備を怠る傾向にある。
私は料理が苦手だ。一部の知人には「お前ちょくちょくビジュアルから不味そうな炒飯作ってツイッターに載せてるやん」と指摘を受けそうだが、あの炒飯もおよそ簡単料理の域を逸脱した手際の悪さを経て生み出されている。料理下手には「包丁を使うのが苦手」という理由もあるのだが、大体の理由は「前準備を怠るから」に集約される。既に料理が下手と公言しながらの妄言ではあるが、私の料理は常にアドリブなしで作られている。そのため、調味料なども目分量、その上味を左右する大切な調味料すら直前に閃いてから取り出すのだ。するとどうなるか。勿論、調味料を探すのに手間取る。戦場たる調理場は我が家とはいえ母の根城だ。全ての食材や調理器具の配置は母のみぞ知るといったところで、よく使う選手を除けば大半はどこにあるのかをしかと把握できていない。この認識の甘さが調理にロスタイムを生む。こうしたロスタイムを積み重ねることで料理されるのが私の炒飯である。味が混ざっていない、焦げ臭い、米がダマになっている。こうしたマイナス点も恐らくは前準備を入念に重ねれば霧消するのだろうか、きっとそうに違いない、そうなのだろう。
この1泊2日の旅も1週間以上前には決定していたはずだ。にもかかわらず旅の支度をしたのは出発の2時間前くらいだ。故にこの旅には常に不安がつきまとった。夜行バスを降りた私はまず「そういやカッターシャツ持ってるよな」と不安に苛まれ、いざスーツに着替える時にネクタイを忘れたと焦らされるもスーツケースのポケットに忍ばせていたことに「天才かよ」と感嘆した。今回はまだ幸先のいい旅だが、全くもって不毛な焦燥や不信が多すぎる。一度は入念な準備を経て一寸の隙もない旅を計画できないものか。下準備を怠る癖は挙げれば日常生活の至る所に潜んでいるらしい。
飛行機に助走が必要なように、私も何かを成すには滑走路が必要なのだ。その滑走路に物を散らかしているようでは空を飛ぶ前にタイヤがパンクして運航中止である。何かを成したければまず滑走路を用意せよ。これがバスタオルを忘れたことから得た小さな教訓である。
ちなみに、このブログを書き上げている私は、乾き切らない髪の毛に風呂上がりのパンツ一丁というあられもない姿をしている。私も薄々は勘付いているが、この先も我が滑走路は整備されることはないだろう。
この文は、つい先程ホテルのシャワーを使った後、ベッドの上にバスタオルを置いたままであることに気付き、ホテルの床をビショビショに濡らしながらタオルを取っている最中に考えたものである。水も滴るいい男とは言うが、滴るどころか水滴が流れていると言わんばかりの滴りようは、いい男ではなく最悪の一言に尽きる。この「ホテルの床ビショビショ事件」も事前にバスタオルをシャワールームに用意するだけで防ぐことのできた問題である。睡魔に負けて一睡した後に覚醒し切らない頭でシャワーを浴びようとしたことも原因の一端にはあるが、それ以上にどうも私はどうでもいいことほど前準備を怠る傾向にある。
私は料理が苦手だ。一部の知人には「お前ちょくちょくビジュアルから不味そうな炒飯作ってツイッターに載せてるやん」と指摘を受けそうだが、あの炒飯もおよそ簡単料理の域を逸脱した手際の悪さを経て生み出されている。料理下手には「包丁を使うのが苦手」という理由もあるのだが、大体の理由は「前準備を怠るから」に集約される。既に料理が下手と公言しながらの妄言ではあるが、私の料理は常にアドリブなしで作られている。そのため、調味料なども目分量、その上味を左右する大切な調味料すら直前に閃いてから取り出すのだ。するとどうなるか。勿論、調味料を探すのに手間取る。戦場たる調理場は我が家とはいえ母の根城だ。全ての食材や調理器具の配置は母のみぞ知るといったところで、よく使う選手を除けば大半はどこにあるのかをしかと把握できていない。この認識の甘さが調理にロスタイムを生む。こうしたロスタイムを積み重ねることで料理されるのが私の炒飯である。味が混ざっていない、焦げ臭い、米がダマになっている。こうしたマイナス点も恐らくは前準備を入念に重ねれば霧消するのだろうか、きっとそうに違いない、そうなのだろう。
この1泊2日の旅も1週間以上前には決定していたはずだ。にもかかわらず旅の支度をしたのは出発の2時間前くらいだ。故にこの旅には常に不安がつきまとった。夜行バスを降りた私はまず「そういやカッターシャツ持ってるよな」と不安に苛まれ、いざスーツに着替える時にネクタイを忘れたと焦らされるもスーツケースのポケットに忍ばせていたことに「天才かよ」と感嘆した。今回はまだ幸先のいい旅だが、全くもって不毛な焦燥や不信が多すぎる。一度は入念な準備を経て一寸の隙もない旅を計画できないものか。下準備を怠る癖は挙げれば日常生活の至る所に潜んでいるらしい。
飛行機に助走が必要なように、私も何かを成すには滑走路が必要なのだ。その滑走路に物を散らかしているようでは空を飛ぶ前にタイヤがパンクして運航中止である。何かを成したければまず滑走路を用意せよ。これがバスタオルを忘れたことから得た小さな教訓である。
ちなみに、このブログを書き上げている私は、乾き切らない髪の毛に風呂上がりのパンツ一丁というあられもない姿をしている。私も薄々は勘付いているが、この先も我が滑走路は整備されることはないだろう。