大問2に入ります。

テーマ史ではなくなり、原始・古代の農業・政治に関する問題です。

配点から見て、オール3点問題。落とせませんね…

 

7.原始の狩猟・漁労

弓矢は小型動物をとるために使われました。マンモスは旧石器時代です。

②細石器は「マイクロリス」とも呼ばれ、槍の先につけて使われました。誤。

③食物をすりつぶすのは「石皿とすり石」です。誤。よって答えは④です。

▲石皿・すり石

 

8.弥生時代の農業

X 弥生時代に使用された竪杵とよばれるもので、米の脱穀・こねあわせに使用されました。

Y もちろん石包丁。刈取りに使用されました。b-dなので答は④です。

 

9.大和政権の政治

氏、姓に関する問題は難しいですが、明らかにbが誤っているのがわかりますのでaが正しい。大和政権の直轄地は屯倉です。直轄民は子代・名代です。

 

<出典・改新の詔>

従前の天皇等が立てた子代の民と各地の屯倉、そして臣・連・伴造・国造・村首の所有する部曲の民と各地の田荘を廃止する。

(wikipedia「改新の詔」より)

 

また、倭の五王が朝貢したのは南朝ですし、そのうえその史料は『宋書倭国伝』です。よってcが消えて、a-dが残ります。答えは②です。

 

10.灌漑施設について

既存の灌漑施設を使用した場合は三世ではなく一世です。

よって正-正。答は①です。

<wiblio百科事典より>

三世一身の法(養老七年格)

灌漑施設(溝や池)を新設して墾田を行った場合は、三世(本人・子・孫、又は子・孫・曾孫)までの所有を許し、既設の灌漑施設(古い溝や池を改修して使用可能にした場合)を利用して墾田を行った場合は、開墾者本人一世の所有を許す、というものである。

 

11.年号クイズです。

Ⅰ ナクニなけない健児の制なので、792年、桓武天皇の時代です。

Ⅱ 大宝律令は701年です。

Ⅲ 988年が尾張郡司百姓等解文です。

よって、Ⅱ→Ⅰ→Ⅲ。めずらしくⅡからはじまります。答は③です。

 

12.史料の読み取り

超有名史料、鹿子木庄の寄進に関する問題です。

・開発領主は「沙弥寿妙」です。

・寿妙の孫の「中原高方」のとき、藤原実政に寄進しました。

・高方は「預所職」という役職になりました。

・今度はしばらく時間がたって実政の子孫の「願西」が力が弱いとき、今度は鳥羽天皇の娘である「高陽内親王」に寄進し、内親王は本家となりました。

 

これを踏まえると、

①開発領主寿妙の寄進により、藤原実政が領家となった。

→寄進したのは寿妙ではなく、中原高方です。よってこれが×。答は①です。