これだけ音楽に興味を持っているのだから、
何か楽器を習うことを進めてみるとか親なら
考えそうなものですが、全くそんなことは
思いつかなかったようです。

実際のところ、仮に何か楽器をやろうとしても
習える環境はなかったとは思いますが・・

静内に引っ越す前に住んでいた千葉の小学校には
吹奏楽部があり入団できる3年生になったら入りたいと
思っていたのですが、引っ越しのため叶いませんでした。

引っ越し先の小学校には吹奏楽部はなく、何か音楽を
やるということを子供ながらに諦めていたのかもしれません。

さて、小学校の6年の時に今度は札幌へ引っ越します。

この頃からクラシック音楽から遠ざかり始めます。

理由のひとつは引っ越し後にステレオの調子が悪くてスピーカーの
片方からしか音が出なくなったりしたこと。

もうひとつは、友達に自分の好きなクラシック音楽を聴かせて
「なにこれ?」という反応をされたこと。

特に後者の方が影響が大きかった気がします。
よせばいいのに子供の頃の自分は自分が好きなものは
周りの友達もきっと好きになる、こんないいものを知らないのは
もったいないと考えたのだろうと思います。

そんなこともあって周りに合わせて当時はやりのポピュラーミュージックを
聞いたりもしましたが、全く興味が湧かないし、いいとも思いませんでした。

結果として音楽をまったく聴かない生活をこの頃は送ることになります。

部活も帰宅部だったし、今思うと充実していない宙ぶらりんな感じの
数年間でした。
そのうち、レコード全集に含まれていた「運命」以外の
レコードも聴くようになりました。

「運命」以外でお気に入りになったのは、
 ベートーヴェンの「田園」 ブルノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団
 ドボルザークの「新世界」 レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル
 バッハの管弦楽組曲 パブロ・カザルス指揮マールボロ音楽祭管弦楽団
 モーツァルトの交響曲第40番、41番 ブルノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団
などです。

いわゆるメジャー曲というか初心者向け?の曲が中心ですが、バッハの
管弦楽組曲なんかも好きだったのは今思うと不思議な気もします。
(偉大なカザルスの演奏だったこともあるのかもしれません)

後年好きなる「英雄」やブラームスの1番、「第9」なども全集には含まれていたの
ですが、当時は聴いても全然興味が湧きませんでした。

その他、ショパンやリストのピアノもあったと記憶していますが、これまた全然
印象に残っていません。
私がクラシック音楽に出会ったのは、小学校3年生の頃、
今から30年以上前のことです。

その頃、私は北海道の静内町(現在の新ひだか町)に
住んでいました。

この地域は競走馬の産地として有名で近くの牧場には
引退したハイセイコーが余生をおくっていたことを覚えています。

そんな田舎町の生活だったのでクラシック音楽とはかなり
縁の遠い日常でした。


ところがあるとき、ふとベートーヴェンのあの有名な「運命」の
 ジャジャジャジャーン
の続きがいったいどうなっているか興味が湧いたのです。
(おそらく、テレビのCMか何かで流れていたのでしょう・・)

聴く手段がなければ、そのうち忘れてしまっていたはずですが、
家には親がその少し前に購入していたクラシック音楽レコード集が
あったのです。

これはクラシック音楽の名曲をセレクトしたレコード集で当然のこと
ながらベートーヴェンの「運命」も含まれていました。

両親は子供の情操教育のためと思って購入したのでしょうが、
私も弟も特に興味を示さず、また、親たちも特に聴かせようと言う
気もありませんでした。

早速、そのレコードを聴いたところ、私はすっかり、この「運命」の
世界に魅き込まれてしまったのです。

それからは本当に毎日のように「運命」ばかり聴いていました。

当時はCDではなくレコードだったので、いくら丁寧に扱っても
子供の私では傷を付けてしまいます。

不覚にも1楽章のオーボエのソロの終わり頃に傷がついてしまったのですが、
何度も聴いているうちに傷の位置まで頭の中にインプットされてしまいました。

後年、CDで「運命」を聴くようになっても傷の位置はしっかり覚えていて、
傷のプツ、プツという音がしないと何か変な気分になったものです。

このレコードの演奏がレナード・バーンスタイン ニューヨーク・フィルハーモニックの
ものでした。

この1枚のレコードをきっかけにレナード・バーンスタインは私にとって偉大な、
大げさに言えば神様のような存在になったのです。