A chの戯言 | Team-S

A chの戯言

や~まん





ひさびさの登場のA chです。


前回も沢山のコメントありがとうございました。



続きが気になるって声を沢山頂いたので、最近S Blogが停滞気味だし頑張って続きを書きます。



ちなみにこのペースで書いていくとAN chan逸話はあり過ぎて延々と書いてしまう事になるのと、これからもAN chanは逸話は更にドンドン増える事になると思うのでココ最近までをだいぶ端折り書きあげます!




ちなみに第2章はSが生まれた時で終わりましたが、第3章はSが出来てからの軌跡(奇跡)を書きたいと思います。




<第3章>


AN chanは5on5を始めてからも連日バスケに明け暮れていた。



練習出来るとこなら場所も選ばずどんなとこにでも行っていた。


練習場所が遠い所だろうが、強豪で練習がキツイと言われているチームでバスケ経験者の俺らでも嫌がるところでも行っていた。



そんなAN chanの姿をみて影響される人間ははチームメイトに限らず練習に参加させて貰ったチームの人などにも沢山居た。



AN chanのそんな人懐っこい性格は多くの人を受け入れられ、いつの間にかAN chanの周りには沢山のConnectionが生まれていた。




バスケの実力のほうも連日の武者修行の成果が表れ、気付けばGAMEを左右するPLAYERにまでなっていた。


チームのほうも徐々に成績を上げ、出場した区民大会では全て優勝掻っ攫い「区民大会荒らし」という異名をつけられていたほどだ。




その後満を持して、2001年から横浜市民大会に殴りこみ、異例中の異例で登録から2年で横浜市民大会を制覇した。


その勢いで川崎市民大会優勝までチームに育った。

そこからは横浜市民大会は3連覇を成し遂げた。


その後も何度か優勝を逃したが優勝している。

(昨年は逃しました)




この横浜市民大会というのは毎年優秀選手(BEST5)が選ばれる。


当時市民大会の代表である自分にその報告が協会からの電話で伝えられていた。


2007年のBest5のメンバーにAN chanの名前を伝えられた時は俺は電話を切った後部屋で号泣してしまった。


ぶっちゃけ小学生から煙草を吸い始め、グレていて中学時代は勿論部活経験もほとんど無く、高校は一カ月も経たずに辞めてしまった男が、25歳から始めたバスケで本気になり、優秀選手賞に選ばれた時事は本当に勇気づけられたし、みんなに見せない所での努力は相当なものだったと思う。



更にこの優秀選手を取った際に横浜での記録を二つ塗り替えました。



一つは最高年齢受賞(当時35歳)

さらに翌年も優秀選手に選ばれた為、記録更新中!



もう一つは初のTATOOの入った人の受賞…。





濱のバスケの塗り替えた。




やはりタダモノじゃぁない。



器が違う。





AN chanは今現在も成長過程でありPlayの幅は更に進化している。

体力もハンパ無いぐらいついている。








でも俺は知っている。








今でも練習の無い日、多忙にもかかわらず少ない時間を見つけてはGymで身体を追いこんでいることを…。






fin.
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