「あっ!」
急に先輩が大きな声を出した。
「どうしたんですか?」
「さっきの車の中にスケッチブック忘れてきちゃった・・・」
「そうですか・・・」
「怒んないの?」
UFOを見た時のように不思議そうな顔で先輩は聞いてきた。
「仕方ないですよ」
本当に仕方ないとしか思えなかった。僕らは疲れていた。
「ごめんな」
先輩が謝るなんて意外な感じだった。
「もういいですよ。それより暗くなってきましたね」
「そうだな」
夜の密度が増すたびに、僕らのテンションも暗くなってきている。
「先輩、あといくらぐらい持ってます?」
「一万ちょっとかな」
一万ちょっとじゃあ二人でホテルに泊まったら一気に無一文になってしまう。でも、先輩も僕も疲れているし、ホテルに泊まりたいところだけど。でも、そうすると、家に帰るときのお金がなくなってしまうし。家を飛び出して、たった一日ちょっとしか経ってないけど、僕らの精神状態はもはや徒労感でいっぱいだった。
「とりあえず、歩こうぜ」
先輩は言った。
僕らは当てもなく、大きな道路に沿って歩いた。すっかり暗闇に支配されたこの世界で、僕らはすがるような微かな光を求めて。
どれくらい歩いただろう。
会話をすることもなく、僕たちは何かを求めるように歩いた。
「なぁ」
先輩がかすれるような声で僕につぶやいた。
「もう、おれ限界」
僕もそんなような心境だった。ただ、誘った手前、僕からその言葉を出すのは先輩に対して失礼だった。でも、僕も同じく限界ヨロシクだった。どこか心の中で先輩のその言葉を待っていたのかもしれない。
「僕もです。もう旅は終わりにしましょうか・・・」
本当は言いたくはなかったけど、もうこうするしかなかった。離婚を決めた夫婦のように、もう猶予も余地もなく、唯一できる選択権は一つしかなかった。
終わりにすること。
「ああ」
先輩は羽虫のような切ない声でつぶやいた。
「でも、今から帰るのはきついから、今日はどこかで野宿して明日帰りましょうか」
「そうだな」
僕らは、今日泊まるところを探すことにした。更に知らない町を彷徨した。三十分ぐらい歩くと京都まで残り十キロと看板がでていた。今日泊まる安息の地を探して歩き、疲れては休憩し、また歩き、休憩し、お腹がへったら武田さんにもらった食料を食べ、それの繰り返しだった。
そしてようやく泊まれそうなところを発見した。そこはこじんまりとした公園で、錆びたブランコとペンキが剥がれたゾウの滑り台と鉄棒とベンチがあるだけのみすぼらしい公園だった。夜ということもあり、閑散さも勢いよく増しているこの公園で僕らは泊まることにした。ただ、その閑散さと公園のみすぼらしさは、今の僕たちにはぴったりだった。
僕らにはもう会話もなく、自然とベンチに横になり眠りにつくことにした。
「おやすみなさい」
僕は先輩に言った。
「おやすみ」
先輩の声が返ってきた。
僕は、ベンチに仰向けになりながら空を見渡した。
これで僕の旅が終わる。
そう思うと、目から勝手に涙がちょびっとだけ流れた。
悔しいのか切ないのか悲しいのかむなしいのかよくわかんないけど。
僕はちょびっとだけの涙を拭って目を閉じた。
空は闇に覆われて星は出ていなかった。