僕の名前は、平井海。

 広い海じゃなく、平井海。

 早口言葉をしたら、途端にアイテって舌を噛んじゃうかもしれないけど、僕の名前は言葉遊びなんかじゃない。これは、父さんがつけてくれた名前だ。

 父さんは海が大好きで、暇さえあれば僕をしょっちゅう海に連れてってくれた。一緒に泳いだり、釣りをしたり、砂でお城を作ったり。ということで、僕も自然と海が好きな少年になった。

 だからこの名前は嫌いじゃない。むしろ好きだ。

 海って広くて優しくて雄大なイメージがあるから。

 海はいいなぁ。



 でも、今僕はものすごい閉塞的な空間にいた。

 トラックの中というものすごい狭い空間に。

 広い海じゃなく、酷い膿のようなこの空間に。

 車は京都に向け、一号線をひた走っていた。

 


 あれから僕たちと武田さんとの会話は膠着していた。

 僕らが何を話しかけても、武田さんは、そうだ、とか、違う、とか、たまに頷くだけだった。何を話しても会話のキャッチボールは続けることはできなかった。

 先輩は次第に話すことも億劫になったみたいで、携帯のゲームに熱中していた。

 僕は思いっきし手持ち無沙汰だった。携帯は捨ててしまったし、荷物は何も持ってきてなかったし、ようは裸一貫ってとこだった。それに、寝ようと思っても、トラックの中は意外に振動があり、寝るに寝れない状況だった。

 車内の雰囲気は、家庭崩壊した家のように、どんよりとしていて僕にとってはこの空間は不穏でいて重かった。何かこの空気を感じないようにする方法はないか、もしくはぶっ壊す方法はないのか、と僕はずっと悩んでいた。

 

 そんな僕の気持ちの露知らずか、鼻くそをほじりながら携帯のゲームに熱中する男と、豪快な勢いで車を走らせる無口な男は、いたって無関心だった。