武術、武道の基本である「礼(禮)」。 自分は日々、禮から始まり、禮に終わる日々を過ごしています。

そして、この言葉には感謝についての一節も。


これは、僕の師匠でもあるレノンリー氏が事あるごとに言うフレーズです。


どんな才能よりも、「感謝」出来ることが最も素晴らしい才能である。


そんな風に解釈しています。


たとえば、一見自分にとって最悪と思えるような出来事が起こっても、感謝するという才能があれば、その「陰」から「陽」を見つけることができます。


すべてのことには陰陽、表裏があります。


あなたは、

陰にフォーカスしますか?

陽にフォーカスしますか?

   


昨日は、地元の商工会議所青年部の交流会に参加。
 
隣駅だったので、歩いて帰ろうと思い立ち、寒空の下歩いて帰ることに。
 

が、
案外寒い・・・
 

そして、寒さの中歩き続けていくと身体に変化が。
そう、ヤツがやってきた。
 

尿意だ。
 

家まで我慢だ。
そう考えるものの、尿意は待ってくれない。
 

しかし、そこまで遠い距離ではない。
どうにか我慢できると思い歩き続けると、「そういえば近くにコンビニがある!」と思い付き、そのコンビニに寄ることに。
 

と!!
 

その途端、すぐに解放されるという意識が起こり、その瞬間尿意もMAXに!!
 

なんということでしょう。
 

ついさっきまでは、家まで我慢できると思っていたのに、コンビニ見つけた瞬間に、尿意がMAXになるなんて。
 

結局、尿意なんて意識の問題で、感覚神経が脳に指令を送って、それを意識として捉えてるだけなのかも。
 

となると、食欲とか、睡眠欲とか性欲とか、その辺の欲にまつわることも、結局は幻想のようなものなのかもしれないと感じました。

 

 

・・・と、このように日常生活においても学びがどんどん起こってきます。

これは、自分の師匠が教えてくれている武学(ぶがく)の教えです。

 

武学では学び方を学ぶように言われています。

 

 

まずは、

受け取り方。

 

そして、

取り組み方。

 

さらに、

組み立て方。

 

この3つが基本方針としてあります。

 

 

武学=人生。

 

そう教わっているので、すなわち、

自分の人生に起こる情報をどう受け取り、

自分の人生にどう活かすために組み立て、取り組むのか。

 

学びを「自分の人生をより豊かにするためにどう活用するのか?」という視点が常にあります。

すると、1本の軸が出来ます。

 

どんな些細なことからも学びが起こり始めますし、

もちろん自分にとってネガティブなことも学びになります。

 

昨日の自分は、まさかの「尿意」から学びをもらったという訳です。

 

 

こんな感じで、あなたの人生の起こる全てのことを学びに変えてみて下さいね!

 

昨日は武術の稽古会に参加してきました。


参加した仲間は自分入れて5人。
いつもは10人前後なので今回は少なめ。


で、今回も対人で零・靈(見えないエネルギー)のコントロールワークをたくさんしました。


まず、武術の稽古会で会場に着くとやるのが、禮(レイ)法です。

禮は零・靈と読み方が同じ。


禮によって、0化することで空(ニュートラル・中庸)を体現します。

その状態になると、靈(見えない世界)にアクセスすることができるようになります。

これを対人ワークで実践します。

片方の人が、相手の腕をギュッと掴み、動けないように押さえつけます。

禮をしないと、ニュートラルからズレているため相手の押さえつけた腕によって「アタリ」が起こってしまい、ぶつかります。

こん状態は、内なる自分と相手の中で争いが起こっている状態。この時には自分のエゴが相手とぶつかり、自分の正しさを相手に投げつけやすい心理状態です。

一方で、禮をすると、ニュートラルになるため、相手と自分が一体になったような感覚になります。

この状態をムスビの状態と言います。

この時には、相手と一体なので、相手の中で自分の正しさが体現されるためぶつかりが起こりません。内なる自分と相手との境目がなくなるだ争いがない心理状態です。

こんな感じで、心理学を身体を通して体感できるのが武術です。

禮によって状態がニュートラルになると、心身ともに穏やかになり、エゴ(小我)がなくなり大我の感覚に近づきます。

僕は、こういった武術の基本稽古である、禮法を世の中にもっと広めていきたいと思ってます。

禮が正しくできると、ニュートラルになり、非常にクリアな澄み切った感覚になります。

いわゆる、禊(みそぎ)の状態です。
汚れた魂が磨かれる、感覚。

これをぜひあなたにも感じてもらいたいですねぇ。機会があればぜひ!

ではでは!