お久しぶりです玉置です。


昨日、妻のラジオ収録に付き添い、息子と3人でラジオに出演しました。

5月2週の放送予定らしいです。「ゆめのたね放送局」「虹のラジオ」
 

で、そこで息子が大はしゃぎしてしまい、ご迷惑をお掛けする・・・かと思ったのですが、

みんなが温かく受け入れてくれる空氣感だったので、終始ほんわかしてました。
 

子供がマイクに向かって何かを言っても「にっこり笑顔」。

子供がはしゃぎまわっても「にっこり笑顔」。
 

何をやっても場のエネルギーが乱れません。
すごいニュートラルで自然体(ありのまま)な収録でした。
 

この体験から感じたのは、ニュートラル(自然体・中庸)を体現し続けるには、

何か「乱させそうな事案」が起きた時の対応にポイントがあるということ。
 

全ては、選択式の問題をクリアしていき、

最終的にニュートラルというゴールにたどり着くゲーム。
 

例えば、
 

「子供がはしゃぎました、あなたはどうしますか?」
 
⇒叱る
⇒笑顔で黙って見守る
⇒冷や冷やしながら慌てる
⇒周りの目を氣にする。
⇒別の興味を提示する

 

などなど。選択肢を提示されてるわけです。

その時に、どうするのか主体はこちらにあるわけですから、
その場のエネルギーコントロールをするわけです。
 

これがなかなかクリエイティブ!
その場で、理想の未来を創造するわけです。
 

そのすべてのゴールはみんな笑顔でニュートラルな場。
 

こんなゲーム感覚で子育てを出来たらもっともっと楽しいんじゃないかなと感じました。
 

結局、子供がはしゃいだり、走り回ったり、奇声を上げたりして「嫌だ」って感じてるのはこちらのエゴなわけで、

そこに対して「やめなさい」って言うのは非常に短絡的でダサいなと、これまでの自分を恥じました。
 

あなたも、もっとクリエイティブに子育てを楽しんでみませんか?

そうすれば、子育てのイライラも少しは解消するかもしれませんね。

 

何かのご参考になれば幸いです!

昨日は息子と1日中一緒に遊んだり出かけたり。
 
3歳半の息子は、眠くなるとめっちゃ我が儘になります。
 こっちとしては、非常に扱いづらいし「ムキーーーーーー」ってなることもあります。
 

でもよくよく「我が儘」について考えると、漢字からしても、「我のままでいる状態」としか考えようがありません。
 

つまり、「我が儘」とは「ありのまま」ということ。
眠くなり思考が介入しづらくなると、本来ありたいような状態に近づいていくということ。

 

身体は本来ありたい姿を知っていて、思考(顕在意識)が介入しなくなると潜在意識が優位になり初めて、そっちが出始めてくるということ。
 

だから日中、理性的に親の言うことを聞いていても、眠くなると本来あるべき姿に近づいていき我が儘になっていく。
 

そんな感じです。
 

だから、親としては子供の我が儘が出てきた時に、それを「良いもの」として捉え、そこに対して自分の自由をどうやって体現していくのかですね。

 

これはまさに武術の稽古。

引き続き、子供の自由の中に自分の自由を体現していくことを稽古していきます。

今日はジモカツデー。
この半年間、じっくりと地元での活動の比重を増やして、「自分がこの地に生まれ住んでいる意味」を明確にしようと実践してきました。
 
まだまだ感覚ですが、やっぱり何か意味があるような氣がしてます。というか、その意味づけは自分でするんですけど。笑
 

で、実際に行動してみて、やっぱりなかなか志とか、体術とかの話に持って行くのは難しいなということ。自分がそう感じちゃってるのが一番の問題。
 

多くの人が興味のあることと、志体術の合流地点みたいな、汽水域みたいなところを探していく必要がありそうです。
 

というか、それを創造していくのが志体術を広めていくリーダーとしてのお役目なのかもしれません。
 

志体術は、人類に残された最後の砦です。
AIがシンギュラリティを起こすまでのチャンスです。
 

そこまでに、どれだけ志体術を広められるか。
志体術に触れられなかった人は、自力で志を明確にするか、、、はたまた。。
 

どうなるか分かりません。
シンギュラリティ以降は「考えることが出来ない」「想像できない」ので。
 

という感じで、自分の中では少々焦りを感じつつも、自分の生活も大事だなというエゴとの葛藤で毎日楽しんでます。
 

あぁ、地元でも志体術広めたい!!!
どうにか出来ないか試行錯誤してみます。