先週末、東海総体を観戦に行ってきました。もちろん目的は選手勧誘です。昨年、現場のことしか頭になかった自分は監督から何度も「勧誘は大切だよ」と教えられつつも、どうしても二の次になってしまってました。そこで今年はたくさんの選手を見てまわっています。
最終日の昨日は、たくさんの指導者のかたが来ていました。オリンピックマラソンの銀メダリストはじめ自分の時代の有名人がたくさん。そこで昔の感覚が蘇ってきました。そう、自分が卑下しなくちゃならないような弱い立場が。。。
大学へ入学した頃のこと。一般試験で入学した陸上の名門大学。入部すると長距離のほとんどは推薦入学。当然、力の差は大人と子供、というか本当に全く別次元の世界。入学時、○大は箱根駅伝3連覇中。春の新入生紹介時、グランドで長距離メンバーが輪になり、新入生が自己紹介をしていく。新入生は13名。「埼○○高校から来ました○○○です。自己ベストは1500m3’46”、5000m14’00秒です。(←両方、当時の高校記録)」からはじまり、インターハイや高校駅伝の1区で活躍した選手が順番に自己紹介していく。そんななか自分の出番。一つ前の新入生は数少ない一般入試生だった。彼は自己ベスト15’50”と言った。自分の自己記録は16’40”。考える間もなく15’50と言ってしまっていた。。。
上下関係の厳しさがいろいろあったが、思っていたほどではなかった。先輩もいい人ばかりだったし、走力がないからといって、馬鹿にされることもそんなになかった。どちらかというと同学年でそういうのが一番あったかと思う。がしかし、一番その差を感じ卑下していたのは自分自身だった。。。そういう気持ちを常に持って過ごす一年目だった。。。
(自分自身、切り替えがうまいのか根が単純なのかいまだに不明だが、それでも楽しくて仕方ない毎日だった。まず、寮で同部屋になった一番速い同級生、○の存在が大きかった。それと一般でも全く人を見下すことのない同郷の○○。そして4年間通じて自分の競技力向上を支えてくれた山○の存在。山○はその指導力のうまさを証明済!オリンピック選手もすでに輩出している。)
その1年目の感覚が蘇ってきたのだ。走りを見て、新たに初めて挨拶に行ってもなかなかうまくはいかない。箱根出場校をはじめ、かつての名選手が監督をしている実業団や大学のほうがずっと有利だ。応対の仕方も全く違う。仕方ない。。。順○○のOBやS監督の今までのつながりを通じての勧誘は出来るので当然それが基本となるのだが、今回は全く新規の開拓も試みている。この劣等感のような味わいはそうそう味わえるものではない。これは良い経験なのだ。
大学では、澤○大監督の科学的トレーニング理論や同僚山○の名アドバイスもあって4年目には順○○出身として恥ずかしくない競技力まで来れた。実業団では、サークルチームから実業団化したばかりのチームでその基礎を作り、始めは中部地区で他チームから馬鹿にされていたが、中部実業団駅伝で6位に入り、個人でも恥ずかしくないところまでは行った。今度はこの大学の番だ。チームは7年連続で全国に出場しているが、これはS監督が何もないところからここまでやってきた功績。自分は今呼んでいただいたところなのだから、ここがスタートラインとなるのだ。全国レベルで見ると、まだ何のネームバリューもない一大学である。
大学の1年目。実業団の1年目。どちらもその時に想像していたところよりも上の位置で卒業することが出来た。四○○大学での1年目、将来の目標は、全日本大学駅伝優勝。これよりも上の位置って????分かった、箱根駅伝優勝だ。全日本大学駅伝で、かつての京○大のように毎年、上位で戦う。時には優勝もする。そうすると今の駅伝ブーム、世論は箱根を全国大会にせよ、という気運が高まる。箱根駅伝が名実ともに大学駅伝日本一を決める大会となり、そこへ出場できるようになり、いつか優勝する。おーすげえ。これはいい目標だ。書いていたら実現の道が描けてしまった。^^
まずは今のみんなが、伸び続けること。そして毎年、勧誘が楽になり、毎年、OBがより自慢出来るチームとなっていくこと。
暑いが今日も楽しく走ろう!
(陸上の話題はいつも同じ感覚で終わる気がする・・・笑)

トリック観てきました。一人での映画は、私の数少ない趣味の一つです。人が少なく見やすいので、最終時間によく行きます。