明日は、あの東日本大震災から4年。
同じ東北の人間として、
悲しみと、中々進まぬ復興にいらだちも覚えます。
心からご冥福を祈り、
そして今なお、つらい状況の中にいる方々を
何とか応援できるように、私なりに考えていきたいと思います。
そして今日は3月10日は
『東京大空襲の日』
私の母は、当時5歳。
東京の下町で楽しく生活を送っていました。
だんだんと厳しい戦況となり、
あの時、雨のように降ってきた爆弾の光景が
未だに目に焼き付いているそうです。
それからどれだけ苦しい悲しい思いをしたかを
聞かされて私は育ってきました。
だんだんあの戦争の話をできる人が少なくなっている、
自分の世代が最後ではないか?
自分自身も忘れかけていると母なりに危惧して、
最近は、思い出すたび同じ様な話ですが、
何度も何度も話をしてくれます。
『でもね、辛くて言えないこともあるのよ』とも。
戦後70年となった今年の正月。
昨年亡くなった伯父の遺品の中から
偶然出てきた、若かりし頃の祖父の写真。

(肌が白く綺麗な顔をしていたという祖父)
母曰く、それはそれは盛大だったこの日。
祖母が、とても美しい着物を着ていて、
自分たちもおめかししたことを覚えているそうです。
後ろには日の丸が飾られた大きな花輪。
よく見ると『祝出征』という文字も見えます。
この写真に強い違和感を覚えますが、
これが『戦争』なんですね。
「こんなこと、祝うものじゃない!」と
祖母が怖い顔をして、
子供たちに厳しい口調でそう言っていたことも、
母は覚えているそうです。
もうすでに亡くなった祖父。
帽子をかぶりオシャレが好きで、
落語や芸事が大好きだったという祖父。
戦地から戻ってきてからは、
以前よりも笑顔が減り、
あまり話さなくなっていたそうです。
お酒を飲んで話すことといえば、
戦友の話ばかりだったとか。
その祖父の胸の奥にはどんな思いがあったのか、
この写真を見るたび、
とても胸が苦しくなります。
戦争は、全てを奪い、
とても長く長く、
人々を苦しめるものです。
