ランナーでもない

駅伝フリークというわけでもない

とにかく『箱根駅伝』だーーーいすきなのだ

大学時代から何となくスキになり、
さらに大人になってからますますその熱が高まり、
住んでいた場所からすぐの高輪沿道付近(1区)や、
ゴールの大手町でワイワイと応援してきた


(知人宅でのホームパーティ
知人が飼っている文鳥のふーちゃんと戯れるひろちゃん50才(ツレ))現役選手たちは、もう私の息子みたいなものだけど、
監督はまさに私の青春時代のスターばかり

早稲田の渡辺監督・・・
花の2区を走っていた頃が本当に懐かしい

優勝も果たして、とても嬉しかった

そして、、、
大東大の奈良修

『山登りのスペシャリスト』
5区の区間賞を何度か受賞し、
彼の記録は長く破られることはなかった

彼は私と同じ経済学科だった

大学にはあまり楽しさを見いだせなかった私

なんとな~く通っていた学校。
彼は偶然にも隣のクラス、、、
『山登りの奈良』として脚光を浴びていた

生意気だ!
調子に乗ってるんじゃん!という噂、ヤッカミもあった

すごいなとは思ったけれど、
全く興味は無かった

そんなある日、、、
学校から駅まで歩くのが面倒でタクシーに乗った(贅沢!)
そしたら、彼と、同じ駅伝チームの選手(その当時10区担当の彼)が、
2人で、
「急いでいるから、一緒に乗せて欲しい」と乗ってきた

わずかなタクシーの乗車時間

『あ、こいつか~』と初めて近くで会った彼は、
驚く程、
もの静かで、穏やかで

ジュリアナに通ってるような、
ロサ会館の居酒屋でベロベロに飲んでいるような、
そんなヤツらとは違って、
ピリピリするほど、厳しい印象だった

なんかそんな彼が心にひっかかって、
駅伝を見るようになり、いつからか箱根駅伝を応援している自分がいた


(LL Cool Jのナンバーが流れ、ラッパーになったツレの頭に乗るふーちゃん
)ここ数年は、箱根という街が大好きで、
ツレと車で旅行に行くようになった

国道1号線、5区の道を初めて通った時、
小田原~箱根間
標高差864mを一気に駆け上がる難コースにして
箱根駅伝の看板区間は、
とにかく車でも坂がキツく、カーブがキツい

あの道を、寒い1月に、
雪がうっすら積もっている時もある、
そんな山道を
走る

コースをよんで、誰よりも早く駆け上がる、、、、
スゴいじゃねーか

その区間の記録を長く持ち続けた彼はスゴいじゃん

それから尊敬の気持ちでいたところ、
2008年から大学の監督となり、
今年の秋、予選を4位で通過し、
3大会ぶりに、44度目の出場を決めた

めちゃくちゃ嬉しい


89回の大会には、あの東洋の山の神ももういない、、、
一体、誰があの険しい箱根の山を制するか

迫ってきた年末、そしていよいよ新しい年を迎える


(中々他人には近づかないという文鳥のふーちゃんだが、意外にツレになついてくれた
カワイイね)『箱根駅伝』
故障者を出さず、
全員笑顔で襷を繋いで欲しい

箱根駅伝ミュージアムに行っただけで
感動いっぱいの私は、、、
あの筋書きのない男たちのドラマに、
また涙、涙でアツくなりそうです

よーーし!私も全力で年末年始駆け抜けるぞーー

そして『奈良修』が、
いつの日か、監督として、
またみんなに胴上げをされる日が
必ず来ることを強く願って・・

