今日も、学びがあった日。
そう言えることがあった。
今日、改めて
『人間は愚かである』
と感じた。
朝の取材先にて。
県内各局が取材にきていたとある場所。
早く到着した取材カメラマン達が場所をとる。
ラストに到着した、
ある放送局のカメラマン。
カメラ片手に足(三脚)を持つのは大変だろうけれど、
アングル決めることしか頭にないのか、
私の真ん前に堂々と立ちはだかり、
後ろに立つ人間に、
カメラがぶつかろうがおかまいなし。
『オレは”カメラ”を持っているんだから』
と言わんばかりの態度で定位置を決めていた。
スクープを狙う現場ならば仕方ないだろう。
私も、かなりずうずうしいこともしてきた。
気持ちはわかる。
でも、あの場所なら、
時間もあったし、
まわりへの配慮、
気配りができたはず。
『これだから、テレビは嫌なんだよ
何様だ
』
という声が聞こえてくるような気がした。
もちろん、いろんな所でたくさん言われてきたし、
今も、この瞬間も、どこかで誰かが言われているかもしれない。
そして今、
私達は、色んな場面で色んな発言ができる場所がある。
権利がある。
SNSなどでは、本当にそうだ。
発言は自由である。
今に生きる私達は、
『自由』を手に入れている。
先祖達が苦労して作り上げ、手にした『自由』
その『自由の世界』の中で、
さらに相手の顔を見ないで発言できるのだ。
そのためか、
SNSの進化は素晴らしいと思うが、
コメントの中で、
平気で人を傷つけている、、、、
そうとれるような発言をしておきながら、
そうとは気づかずに、
たいそう立派なことを自分で言ってのけたと
思っている愚かな人間がいる。
私も自分が正しいと信じて発言し、
とてつもなくたくさんの失敗をしてきた。
傷つけてしまった。
『なんて自分は愚かだったのか』
『なんて無知だったのか』
もちろん今だって、
まだまだ未熟者だし愚か者だ。
でもそんな愚かな私でも、
少しでも立派になりたくて、
もがいている。
そんな中で、
数年前に、この詩に出逢って、
『立ち止まれる自分』
『ふと考えられる自分』が生まれた。
それは、
酒田市出身の詩人吉野弘作
『祝婚歌』
結婚する人へ贈る詩だが、
これは全ての人間に当てはまる詩だと思い、
特に後半部分にいつも考えさせられる。
『互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には色目を使わず
ゆったりゆたかに
光を浴びているほうがいい』
それと同時に、
私が以前取材先でお世話になった政治評論家の方の言葉と重なる。
『どんな地位につこうと、どんな立場であろうと、
人は”謙虚さ”を忘れてはいけないと思う。
政治家もマスコミもそうだ。
謙虚な人こそが、尊敬に値する人だと思う』
と、その方は誰よりも謙虚だった。
自分が一番年上でも、
どんな位置だろうが、
誰よりも”控えめ”だった。
もちろん仕事である政治評論では、
かなり厳しい事を言っていたが、
発言に信念があり、
言葉の中に、
日本人らしい『美しい謙虚さ』があった。
日々、色んな場面に学びがある。
人間は愚かであるからこそ、学ぶんだと思う。
ただ残念ながら、学べない、感じない人がいる。
それは、ミュータントだ。笑
どんな状況であっても、
自分を見失わず、
『人生のゴール』を目指していきたい。
進むべき道の選択を
誤らない様に。。。。
そう言えることがあった。
今日、改めて
『人間は愚かである』
と感じた。
朝の取材先にて。
県内各局が取材にきていたとある場所。
早く到着した取材カメラマン達が場所をとる。
ラストに到着した、
ある放送局のカメラマン。
カメラ片手に足(三脚)を持つのは大変だろうけれど、
アングル決めることしか頭にないのか、
私の真ん前に堂々と立ちはだかり、
後ろに立つ人間に、
カメラがぶつかろうがおかまいなし。
『オレは”カメラ”を持っているんだから』
と言わんばかりの態度で定位置を決めていた。
スクープを狙う現場ならば仕方ないだろう。
私も、かなりずうずうしいこともしてきた。
気持ちはわかる。
でも、あの場所なら、
時間もあったし、
まわりへの配慮、
気配りができたはず。
『これだから、テレビは嫌なんだよ
何様だ
』という声が聞こえてくるような気がした。
もちろん、いろんな所でたくさん言われてきたし、
今も、この瞬間も、どこかで誰かが言われているかもしれない。
そして今、
私達は、色んな場面で色んな発言ができる場所がある。
権利がある。
SNSなどでは、本当にそうだ。
発言は自由である。
今に生きる私達は、
『自由』を手に入れている。
先祖達が苦労して作り上げ、手にした『自由』
その『自由の世界』の中で、
さらに相手の顔を見ないで発言できるのだ。
そのためか、
SNSの進化は素晴らしいと思うが、
コメントの中で、
平気で人を傷つけている、、、、
そうとれるような発言をしておきながら、
そうとは気づかずに、
たいそう立派なことを自分で言ってのけたと
思っている愚かな人間がいる。
私も自分が正しいと信じて発言し、
とてつもなくたくさんの失敗をしてきた。
傷つけてしまった。
『なんて自分は愚かだったのか』
『なんて無知だったのか』
もちろん今だって、
まだまだ未熟者だし愚か者だ。
でもそんな愚かな私でも、
少しでも立派になりたくて、
もがいている。
そんな中で、
数年前に、この詩に出逢って、
『立ち止まれる自分』
『ふと考えられる自分』が生まれた。
それは、
酒田市出身の詩人吉野弘作
『祝婚歌』
結婚する人へ贈る詩だが、
これは全ての人間に当てはまる詩だと思い、
特に後半部分にいつも考えさせられる。
『互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気づいているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には色目を使わず
ゆったりゆたかに
光を浴びているほうがいい』
それと同時に、
私が以前取材先でお世話になった政治評論家の方の言葉と重なる。
『どんな地位につこうと、どんな立場であろうと、
人は”謙虚さ”を忘れてはいけないと思う。
政治家もマスコミもそうだ。
謙虚な人こそが、尊敬に値する人だと思う』
と、その方は誰よりも謙虚だった。
自分が一番年上でも、
どんな位置だろうが、
誰よりも”控えめ”だった。
もちろん仕事である政治評論では、
かなり厳しい事を言っていたが、
発言に信念があり、
言葉の中に、
日本人らしい『美しい謙虚さ』があった。
日々、色んな場面に学びがある。
人間は愚かであるからこそ、学ぶんだと思う。
ただ残念ながら、学べない、感じない人がいる。
それは、ミュータントだ。笑
どんな状況であっても、
自分を見失わず、
『人生のゴール』を目指していきたい。
進むべき道の選択を
誤らない様に。。。。
