めぐみさん…「赤い着物」今も | trycomp2のブログ

めぐみさん…「赤い着物」今も

 赤の着物に、紅白の市松模様の羽織。雪景色の中でたたずむ横田めぐみさん。拉致された昭和52年の正月に、滋さんが新潟市の自宅前で撮影したスナップだ。「赤い着物と深い白い雪と、あんなにきれいに写っているとは思わなくて」。早紀江さんはそう話す。

 「お母さんが、小さいときって、どんなお正月だったの?」。めぐみさんの問いかけに、早紀江さんは「女の子はそれぞれの家に合うように、着物を着せてもらうのよ。ぽっくりを履いて鈴を鳴らして、みんなで羽根をついたりするの」と聞かせてやった。

 京都で育った早紀江さんは着物と縁が深い。高校卒業後、呉服関係の商社勤めを経て、染色工房で働いた。美術が好きだったから、本当は美大に進学したかったが、経済的な問題であきらめた。染め物は美術と似たところがあって、おもしろかった。

 一緒に染め物をしていた婦人の紹介で、日本銀行に勤めていた滋さんと知り合い、結婚。めぐみさんが生まれた。すくすくと素直に成長し、いつしか2人の弟のやさしいお姉さんになっていた。

 「『お母さんが着ていた赤いのがあるから、1回着てみる?』と聞くと、『着る、着る』って。もう大きかったですしね、私より1センチ高く、ずっとがっしりしていた。何か大人っぽい体形になっていましたね」

 早紀江さんの瞼(まぶた)には、「すごいお姉ちゃんになっちゃった。かっこいい」と姿見の前ではしゃぐ、12歳のめぐみさんの姿が焼き付いている。

 少し紅も引いてあげた。滋さんはカメラを持ち出し、玄関に積もっていた雪を掃いた。「ここに立ちなさい」。シャッターを切り始めた。

 「写真の続きがぜひ見られますように…」。滋さんと早紀江さんの元には、めぐみさんの着物姿の写真を見た人からこんな励ましの手紙が届く。着物は、いつでも取り出せるよう、大切にしまわれている。(住井亨介)

最終更新:12月13日8時0分
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