曽我さん証言、拉致の状況とは | trycomp2のブログ
曽我ひとみさんは、これまで、28年前に佐渡で拉致された際の状況について、次のように話していました。
「妻・ひとみに“拉致されて来た人がいるらしいね”と聞いたら、ひとみは(「私よ」と)。私が“何だって?”と尋ねると、“そう、それが私”と答えたんだ」(去年、チャールズ・ジェンキンスさん)
「1978年8月12日の夕方7時ごろ、夕食の食材を買うため、母と一緒に出かけたところ、3人の男に後ろから襲われ麻袋に入れられた。小舟に乗せられ、沖で少し大きな船に乗り換え、翌日の午後5時ごろ船から下りた」(曽我ひとみさんの証言)
曽我さんは拉致された際、女の工作員も1人いて、船でチョンジンに到着した後、車と船を乗り継いで女工作員と一緒に拉致された3日後の朝、ピョンヤンの招待所に着いたと話していました。さらに、この女工作員が一時、招待所で曽我さんの指導員もしていたと明かしていました。
この女工作員について曽我さんは、「北朝鮮に向かう船の中で日本語を話すおばさんがいて、私に日本語で話しかけてきた。その発音からすると、日本人ではないようだった」と話しています。
曽我さん拉致から28年。ようやく拉致に関与したとされる工作員に逮捕状が出たことについて、横田さん夫妻は、こう感想を述べました。
「日本として捜査を継続していると、(北朝鮮側に)示す意味はある」(横田 滋 さん)
「(拉致された際)“女の人がいた、声がした”と、曽我さんが言っていた。その人なのかなと思っている」(横田早紀江さん)
曽我さんは北朝鮮の招待所で、一時、横田めぐみさんと暮らしていたと証言しています。(02日17:54)
曽我さん証言、拉致の状況とは
