A めぐみの死後、遺骨を火葬する決心をしたのは1997年だ。それは職業上、めぐみが安置されているところへしばしば行くこともできず、またその頃、ヘギョンに新しい母親を迎えねばならない状態にあったからだ(編集部注-97年に現在の婦人パク・チュンファ氏と再婚、その後生まれた息子チョルボンくんは現在8歳)。それが97年の4月以前だったと思う。金剛山で姉に言ったのは、そのような意図で言ったわけではない。めぐみの遺骨は私が保管していたが、彼女を思い出すたびに時々それを開けて見ることもあった。最初に火葬されて遺骨で戻ってきたとき触って見たこともあり、つらい気持ちを慰めようと触れたこともあるが、遺骨がすり替わった、あるいは偽物だというのはまったく想像を越えており、納得できない。
A なぜそのような質問が出るのか理解できる。めぐみが病院へ行くとき、初めは新義州病院に行くことになっていた。しかし距離も遠く、平壌にもそのような病院があると言うので、平壌の病院に入院させた。新義州病院へ行ったことはない。
Q めぐみさんが精神的に不安定な状態に陥った原因を何だと考えるか。
A 人が病むときにその原因が何かというのは、それぞれ異なると思う。必ず原因があって病むのかはよくわからない。
Q 原因のひとつとして、めぐみさんが幼いとき交通事故に遭ったという話を聞いたことはあるか。
A 結婚生活の過程でめぐみは頭が痛いと言っていた。それで私がなぜしょっちゅう頭が痛むのか、体が弱いせいなのかと聞いた。すると彼女は、幼いとき一度頭をけがしたことがある、もしかするとそのためかもしれないと話した。私は「時間が経っているのにそのときのけがが今になって痛むのか」と言って、それ以上は深く考えなかった。それが交通事故だったのか、あるいは別の事故であったのかは思い出せない。
Q めぐみさんの死亡を、いつどうやって知ったのか。
A めぐみは私の初恋の相手で私の妻になった女性だ。めぐみを入院させてから病院へは2度ぐらい行ったが、そのつどめぐみは回復しているように見えた。ところがある日、部門の人がきて私に「車に乗りなさい」「一緒に行こう」と言った。私は普段どおりに車に乗った。車内でその人はめぐみが亡くなったと言った。彼の言葉を信じることができなかった。最近まで元気だったのになぜそんなことが起きるのか、自分の目で確かめねばならないと思い、その人と一緒に病院へ行った。行ってみると確かににめぐみだった。それからどうしたかよく覚えていない。正直つらい過去を思い出すのは本当に苦しい。私はそのとき「ばかなことをした。このようにしなくてもいくらでもほかに良い方法があったのに」と思った。今になって考えると、私がもう少しちゃんと世話してあげていればこのようにならなかったという自責の念がある。